▼一人じゃ息も出来ない癖をして

マークスがある島に上陸した、という一報がもたらされたのは、娘が誘拐されてから実に3日後だった。その3日間ドフラミンゴの機嫌は過去最悪を記録し、少しでも機嫌に触れたものは誰彼問わずすべて窓から放り出した。

だが、決して怒りに身を任せきりだったわけではない。新世界の裏社会を支配する"JOKER"として、緻密な作戦を練り上げていた。そのためにマークスは眠れぬ日々を過ごしただろう。何せどこに行っても、ドンキホーテ海賊団のジョリーロジャーを掲げた船がつかず離れず追ってくるのだから。
そして、マークスが上陸する可能性のある島々の物価を釣り上げることも忘れない。マークスが奪った船は快速だが、その速さを維持するには燃料が必要だ。それがなければただの小さな帆船でしかない。船足を維持できなくなれば捕まるのは目に見えたことだ。このままいけばそのうちマークスは船を維持できなくなる。そうなれば袋のねずみだ。
その上ドフラミンゴわざと燃料の価格を調整し、インヴェルノ島の一つ手前、ドフラミンゴの縄張りの最外殻であるバタラ島までは辿り着けるようにしておいた。これはインヴェルノ島の海軍支部とマークスが繋がっているのか見極めるためだ。もし繋がっていたとしても、決定的証拠となる武器密輸の詳細さえ向こうにわたらなければなんとでももみ消せる。
完璧だった。ありとあらゆる点においてマークスの先手を取り、王手まで読み切っていた。だが。

マークスがドフラミンゴの参加の船に航路を阻まれ、遠回りしている間に先んじてバタラ島に上陸したドフラミンゴの元に、信じられない情報が舞い込んだ。

「ネアが…!ドルシネアが、"人形展"に出品されたって!!」

マークスという男は馬鹿なのか?
どこの世に人質を売る馬鹿がいる?

デリンジャーのもたらした情報にドフラミンゴは一瞬呆気にとられ、ついで激しい怒りが噴き出した。

「あの野郎…!!」

この俺の娘を、ドルシネアを、金で売ったのか。

"人形展"は、バタラ島で古くから行われている人間オークションのことだ。出品される商品は皆容姿端麗な観賞用。小規模であるため天竜人などはやってこないが、周囲の国から貴族や王族が押し寄せる。

しかしまさか、マークスは金に困ったから人質を売ったというのか?人質よりも自分の脱出と資料の簒奪を優先したのか?それとも人質邪魔になっただけですでに迎えの算段は付いているのか?

分からない、わからない。
ただ一つ分かるのは、この島の中にマークスがいるということだけ。

「…船が着けそうなところを全て抑えろ。」

まずは退路を断つ。それから。

「デリンジャー、ベビー5。10億やる。ドルシネアを競り落とせ。」

付き従っていた二人がはっと息を呑む。

「え、でも、若様、出品される前に取り返すことはできないの?」

「俺の店で出来ないことを、やってくれというわけには行かねえだろ?」

こういうとき、商売人というのは面倒だ。奴らは常に損得勘定をしていて、人1人に対する貸し借りを全て覚えている。ここでもし特例で娘を返せといえば、同じことを傘下の店でされるだろう。それがどんな損害に繋がるか想像もつかない。故に、正攻法で奪い返すしかない。さすがに10億も―皮肉にもかつて娘が人魚を競り落とした時と同額だ―あれば、まさか競り落とせないことはあるまい。
札束を詰め込んだケースをデリンジャーが片手に持つ。ひとつ頷いて、デリンジャーはベビー5を連れて退室した。

さて、マークスはどう出るか。金がいるのならオークションが終わるまで島から出られないが、いらぬのなら味方と合流しようとするかもしれない。

「ドフィ、船着き場は全て抑えたぞ。」

「あァ、それで状況は?」

「マークスが使っていた船は健在、だが出たっきり戻ってきやしねえ。あいつが着いてから発着した船はねえ。」

「そうか…」

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