▼ 泣きそうな声で名を呼んで

『マークスは急ぎの外交交渉があると言って船を出したようです。』

チッと無意識に舌打ちをする。悪いことに、ドフラミンゴの娘は誘拐され国外に連れ出されてしまったらしい。

「至急周囲の島に知らせろ。」

どうやらマークスが持ち出したのは3、4人乗りの小型船らしい。内政官であるくせに外交などと偽って、スーツケースをひとつ引いていたのだという。行政に関わるものならともかく、ただの港の管理者たちに内政官と外交官の違いなど分かるまい。身分証に国政に関わる者だと書いてあれば言うことすべて鵜呑みにしたのだろう。にしてもスーツケースまで持っていたとは。ネアはうら若い少女ではあるが、父親がドフラミンゴなだけはあって同年代の少女たちよりも身長が高い。そんな彼女を詰め込むことができるスーツケースを、内政に携わっており国外に出ることのないマークスが持っていたとは考えにくい。計画的な犯行だ。ということは、ドフラミンゴが周囲の息がかかった島に連絡を取ることも想定内だろうか。

チッともう一つ舌打ちをする。行儀が悪いと咎める娘はここにいない。

しかし、とドフラミンゴは考える。そもそも娘を誘拐してどうするつもりなのか?人質とするにはこの上なくドフラミンゴにダメージを与える存在ではあるが、ならばわざわざ国外に出ずとも官舎内に立てこもれば良いはずだ。国外に出たということを踏まえると、どこかを目指していると考えたほうが自然か。マークスがドフラミンゴの失脚を目論んでいるのだとすると、取る手段は政府か海軍への直訴か。だが、ドフラミンゴの悪行をたかだか内政官のマークスが知ることができるのか?
ドフラミンゴは首をひねる。ファミリーとして指揮をとっているのはドフラミンゴで、ドルシネアは知っているがそれをわざわざ己の職場で声高に言ったりはしないだろう。マークスがドフラミンゴの悪行を知り得るとは思えない。では、ドフラミンゴの失脚を目論んでいるのではないのか?だとすれば目的はなんだ?

次の手を打とうにも、相手の考えが読めない限りはどうしようもない。
自分の娘を誘拐したやつをどうしてやろうか、と思考が残忍な方向へ向かう。

「若様っ、若様!大変です!」

そんな思考を中断させるように、ベビー5が扉を押し開けるようにして飛び込んできた。

「武器の…武器の輸出入についての資料が、まるごとなくなってるって、」

思わず卓上を拳で殴り、立ち上がる。

「…いつから消えた?」

目の前のベビー5は顔を青ざめさせながら、昨日の夜はあったらしいと答えた。だが、ついさっき確認したところ、映像電伝虫は何らかの薬品によって昏睡状態、金庫は解錠されてもぬけの殻だったという。

思わぬ自体にドフラミンゴは目元を抑えた。盗んだのはマークスか。なぜ、なぜ知っている?

「…近くで海軍支部のある島はどこだ。」

インヴェルノ島です、とベビー5が答える。そのまま彼女を戻らせて、ドフラミンゴは溜息を吐きつつもう一度ソファに腰を下ろした。
しかしこれで、マークスが目指すところはわかった。海軍にあの資料を見られては、ドフラミンゴに勝ち目はない。政府ならばもみ消すこともできたのに、こういう時に半独立状態にある海軍ほど面倒な相手はいない。

ドフラミンゴの最優先事項は、マークスがインヴェルノ島に辿り着くまでにその身柄を拘束し、娘と資料を取り返すこと。相手が永久指針を持っていると仮定し、小型船であることも鑑みても、インヴェルノ島まで2週間はかかる。どこかで島に寄らざるを得ないはずだ。そこでマークスを捕まえればいい。

そしてその罪人を八つ裂きにしてやるのだ。

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