▼憂鬱に接吻

娘がいない、と切羽詰まった様子で駆け込んできたのは、まだ若い政務官の青年だった。

「明日の元老院に出す資料について打ち合わせをするために2時に来るようにと言われてたんですが、お部屋にドルシネア様はいらっしゃらず…」

まさか約束を忘れるはずがないと思いつつも、念のため庁舎全体を尋ね歩いたのだという。だが結果、どこにもネアの姿がないことが判明した。若くして内政を司る、国の頭とも言うべき存在であり、国王の娘である少女が行方知れずになったと政府内は大混乱であるらしい。

「クソが…」

報告を受け取ったドフラミンゴは、怒りに任せて机を叩く。外洋に出ている時ならばともかく、まさかこの国内で、それも政府庁舎内で娘が行方知れずになるとは。十中八九誘拐と見て間違いないだろう。それもドンキホーテファミリーに近しい者による。

青筋を浮かべながら、ドフラミンゴは庁舎内の捜査を指示する。あのドルシネアを何らかの手段で無力化させ、庁舎内から姿を消したということは、犯人は政府関係者である筋が濃厚だ。今日出勤している、あるいは庁舎内に入った人間で、いま姿が確認できない奴が犯人だ。

程なくして電伝虫が鳴いた。こういうとき、人海戦術を取れるだけの人数があるのは便利だ。

「…俺だ。」

『若様!!犯人が分かりました!庁舎内に入ったけどいつ出たのかわからなくて、今いない人物!内政官のマークスです!!』

マークス、と口の中で小さく呟く。マークス。リク王時代からの腕の立つ内政官だ。国を乗っ取ってからすぐならともかく、もう10年経とうという今更になって反旗を翻すとは。

すぐさま別の電伝虫を取り、次の段階へ移る。

「海上を封鎖しろ。それから今日出た船に銀髪で眼鏡の男が乗り込まなかったかの確認もだ。」

まだ国内にいるのなら手はある。だが、もしすでに脱出していたら―
悲観的な考えを首を振って否定する。大丈夫だ。もし国外に出ていても周辺はドンキホーテファミリーと交流のある島ばかりだ。単独犯にせよ背後に何らかの組織があるにせよ、この偉大なる航路上、どこかの島に寄らざるを得ない。まだ行く手は掴める。

心を落ち着かせるように、一つ深呼吸をする。娘をこの手から奪われたことがひどく不快だった。

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