▼ 鮮やかな夜を想い、おはよう
ネアが目を覚ましたとき、既にファミリーの船がバタラ島を発って3日が経っていた。
寝起きの乾燥した眼を数度瞬かせ、ネアは周囲の様子を探る。見覚えのある、彼女の船室だ。
「シュロロロ、起きたか、ネア。」
「シーザー・クラウン…」
相変わらずお伽話の悪魔のような見目をした男の名を呟く。ガスが波打つ手にはいつもと違う白の手袋。ネアが寝かされているベッドの周囲に医療器具が数多転がっているあたり、ネアの治療はこの男に任されているらしい。多少、いやかなり不安だ。
「気分はどうだ?どこか痛むのならこの薬を、」
「いえ、大丈夫です」
明らかに体に悪そうな蛍光色の液体が入った注射器、そんなものを片手にシーザーが尋ねるが、ネアは回避する。実際、どこも痛くも痒くも―せいぜい左腕に繋がれた点滴が気になる程度だ。
「それは残念だ」
シュロロロ、と囁くように言いながら、シーザーは怪しげな注射器をアルミトレイに置く。残念、とは。
「で、私は今どういう状態なんですか?」
「麻酔薬の過剰投与の治療中だ。」
3日も寝ていたと知らされ、ネアは瞠目する。そういえば、意識を失う前、私は革命軍と―?
「お、お父様に怒られる…!」
勝手に取引をして、敵を見逃してしまった。何たる失態。いや、でも証拠はちゃんと取り戻せた…けれど。
「ン?誰が誰を怒るって?」
背後から聞こえた声にネアは肩を震わせる。慌てて上半身を起こせば、急に動いたせいか強い頭痛と目眩が襲ってきた。
「―ッ!」
「オイオイ、無理すんじゃねえ」
父親の大きな手に頭を撫でられ、ネアは困惑する。怒ってはいないようだが。
「あの、お父様」
「ん?」
「あの、その…ご迷惑をおかけしました。」
「…小娘が、そんなことを気にするもんじゃねエ」
わしわしと頭を掻き回される。その振動で、少し気分が悪くなってきた。
「でも私、勝手に革命軍の提案を飲んでしまいました。」
「だが人質も証拠も元通り。なんの問題もねえだろ?」
そうは言われても。おそらく父親ならば、あそこで革命軍を見逃したりなどしなかっただろう。だがネアはそれをやってしまった。
「それにお前は悪くない。元はといえばマークスが悪い。違うか?」
「ええ、まあ、そうですけど」
「ほら、やっぱりお前が気にするようなことはない。だろ?ドルシネア。」
だから今は体調を整えろ、とドフラミンゴは娘の頭に置いた手はそのままに語りかける。誘拐され、商品として売り出されるという滅多にない経験をしたためか、娘の顔色はまだ悪い。
シーザーに頼むぞと声を掛け、ドフラミンゴは娘の部屋を出る。そのまま甲板に出れば、ちょうど裏切り者の最後の一欠片が海に投げ入れられるところだった。青い海の一角が、赤く染まっている。匂いを嗅ぎつけた海王類がやってくるのもそう遠くないだろう。
ドフラミンゴはサングラス越しに海を眺める。
―なかなか立派な墓標じゃないか。ドフラミンゴの掌中の珠を奪った裏切り者にしては。
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