▼地獄に落ちたいのならばどうぞお独りで

「取引?何を言っているのですか?」

鼻で笑うようにして少女が言う。確かに、負けた側であるサボが取引を持ち出すのもおかしな話である、が。

「密輸の証拠、手に入れてから何もしてないと思ってるのか?」

言外に可能性を匂わせると、少女の顔が不愉快そうに歪む。ここで考えられるのは証拠を書き写された、はたまた不特定多数に広まっている、というところか。いずれにせよドンキホーテファミリーには不利なことこの上ない。そこに思い至ったであろう少女に、さらに付け加える。

「それに、俺は確かに負けたけど、ほかはどうだろうな?」

騒音に気づいて船室から飛び出してきた同胞たちの存在を示すが、これは少女には響かないようだった。

「この程度、私の敵になるとでも?」

なるほど、随分な自信である。

「しかし、話ぐらいは聞きましょう」

「俺達の命と例の証拠の交換だ。革命軍がこの島を安全に出ることを保証してくれ。俺達は奪った証拠、書き写した分も全部返すし他言もしない。これでどうだ?」

「信じられるとでも?」

「それはこちらの台詞だ」

一触即発。サボとネアは互いに腹を探り合う。相手の言葉は、行動は、信用できるのか。方や革命軍の参謀、方や一国の統治者である。
―やがて決めたのか、おもむろにネアが立ち上がった。

「…いいでしょう。但し、何かあれば今度こそ―殺します。」

さらりと告げられた死刑宣告に、背筋が寒くなる。今はただ、執行猶予が与えられただけだ。

周囲を囲んでいたうちの一人に証拠品を持ってくるように告げ、サボも立ち上がる。甲板に打ち付けられた頭が痛んだ。

やがて走って戻ってきた船員の手から資料の入った封筒を奪い返し、ネアが目を通す。結構な量だが、確認できているのか。

「これで、本当に全部ですね?」

「ああ。」

「ならば結構。」

受け取った封筒を小脇に抱え、ネアは船を飛び降りた。その姿を確認したドンキホーテファミリーが、わらわらと集いはじめる。そんな光景を横目に、サボは今度こそ出航を指示したのだった。

前へ 次へ

戻る