短編 | ナノ

時間軸上を1秒間に1sずつ進む点Pの軌跡

みんな生きてるORCAルートif

クローズプラン第一段階を終え、ネクストを下りたメルセデスが行ったのは、空から引きずり降ろされた哀れなる人々に救いの手を差し伸べることだった。テルミドールは知らなかったのだが、彼は医療の心得があったらしい。清浄な空中から汚染された地上への移住を余儀なくされ、体調を崩した者達の間を駆け回り、簡単にだが様子を見る。そこから先は流石に医師に任せてはいるが、専門職ほどとまではいかずとも的確な判断を下せているようだ。そのおかげかはわからないが、当初より人々も活気を取り戻し、宇宙への道を見出そうとしているようだった。企業の連中も重い腰を上げ、ようやくクローズプランは成ろうとしている。テルミドールが扇動し、メルツェルが計った長年の夢が。

だがしかし。テルミドールは眉間にしわを寄せる。いくらなんでも張り切り過ぎではないか。ここ数日、ORCAの会議の時間以外はずっとああして人々の間を駆け回っているのではないか?これはしばらく行動をともにするうちに気づいたことだが、メルセデスは真面目すぎるというべきか、熱中すると自身を見失うことがある。周囲が見えなくなるよりは格段に安全で無害ではあるのだが、テルミドールからしてみればメルセデス自身のことが気になって仕方がない。彼は昨晩睡眠をとったのか?いつ倒れてもおかしくないのではないか?一度考え出せばきりがなかった。だからか、気づけばテルミドールはメルセデスの手首を掴んで自室のドアを開けていた。


「ええっと、マクス?おれ、何かしたかな?」

無言のまま引きずられたせいか、少し怯えを滲ませた声音でメルセデスが尋ねる。そこでテルミドールもようやく我に返ったが、ここまできて引き返す訳にはいかない。

「メルセデス、貴様はいつ休んでいる?」

「えっ?」

目を合わせて率直にそう問うと、メルセデスは逃げるように視線を泳がせた。

「クレイドルを落としてからというものの、貴様はいつも医療セットを片手に東奔西走、一所に留まっているのを見た試しがない。休みはとっているのか?」

「と、ってるよ」

「本当か?」

「…二徹して一休み」

告げられたあまりにも劣悪な生活状態に、おもわずテルミドールは天を仰ぐ。まさか傭兵だというのに、自己管理もできないのか。あのオペレーターも何をやっている。放置しているのか。

「メルセデス、睡眠の重要性はわかっているだろう。」

「わかってるけどさ、でも…」

夜になると容態が急変する病人が多く、ろくに眠れないのだとメルセデスは言う。そうか、そうだとしても。

「お前が倒れたら元も子もない。分かるか?」

う、とメルセデスは押し黙る。本人も気づいているだろう、ここ数日の彼の働きによって、メルセデスは自然と医療チームの一員とみなされている。それも幹部クラスの。そんな存在が動けなくなった時にどんな不利益が生じるか、考えられない男でもないだろう。

「ともかく今は休め。夜眠れないというなら昼に寝ておけ。」

体には余り良くないが、睡眠をろくに取らないよりはましだろう。そこを使えとソファを指差せば、メルセデスはえ、と戸惑いの言葉を零した。

「いいよ、自分の部屋で寝るよ。」

「そう言って外に出るのではないか?」

「そんなに信用ない?」

「貴様のことだからな。」

だからそこで寝ろ、私が起こしてやろう。そう耳元で囁くと、メルセデスは微かに顔を赤く染める。

「う…じゃあ、1時間だけ…」

テルミドールのそばを逃げるようして離れ、メルセデスはソファにその身を横たえる。

「…でも、マクスもちゃんと寝てる?」

「貴様に案じられるようなことはない。私を誰だと思っている?」

「そうだね。…おれたちの大事な旅団長様だ。」

じゃ、おやすみ、そう挨拶をして、メルセデスは瞼を閉ざした。程なくして小さな寝息が聞こえてくる。しばらく寝ていなかったせいか、無防備に深い眠りについたようだ。
まだ幼さの残る寝顔に、彼はまだ若い少年なのだと思い知らされる。つい最近までネクストを駆り、戦場を駆け回っていたとはいえ、その人生は発展途上で先はずっと長い。いずれ宇宙へ出て、そして彼は何を見るだろうか。クローズプランの終着点、その先で、誰かが待っている。

[ 戻る ]