少女の皮を被ったけもの
「感情を制御するのが難しいのですが、どうしたら良いのですか?」
数カ月ぶりに会った少女は、そうシーザーに持ちかけた。
「ハァ?」
思わずそんな声を零すほどに、シーザーは驚いた。それは少女の言葉にであり、それを発した少女の表情にであり、そして少女そのものに対する疑念だった。―何を今更。
父親を見てみろ、お前が激情家なのは当然だ、と言いかけるが、父親にただならぬ敬意を抱いている少女―メルセデスに言うのはまずいか、と口をつぐむ。
そもそも、こうしてメルセデスがシーザーに相談を持ちかけるというのが極めて珍しいことだった。シーザーの記憶にある限りでは初めてではないだろうか。
年に数度、メルセデスの健康診断の類を任されているシーザーだが、いまいちメルセデスという人間が掴みきれないのもあって、終始作業に徹していた。メルセデスもシーザーと話すことなどないと考えているのか、問診してもこれまでになにか訴えたことはない。それが、今回に限っては悩みを相談してくるとは。
「…どんな感情だ?」
凡そろくでもないんだろうな、と見当をつけながらシーザーは尋ねる。案の定、メルセデスは膝の上で手を組み―違う、あれは拳を握っている。
「壊したく、なる。」
おそらく少女の脳内ではすでにその光景が繰り広げられているのだろう。拳を握りあわせて振り上げ―振り下ろす。
「シュロロロ…珍しいもんでもねェだろう?」
「もちろん、これまでにそういう感情を抱いたことは多々あります。けれど、最近は本当に実行しそうになってしまうことがあって…。」
メルセデスは薄暗い笑みを浮かべた。誰の命を絶たんとしているかは知らないが、それは少女の本懐なのだろう。―ある程度見当はつくが。
「しかし、わざわざ相談してきたってことはつまり、やっちゃいけねえやつなんだな?」
「良いのならやってますよ。」
「そりゃそうだ。シュロロロロロ!!」
美しい少女の肌の奥に、おぞましい化物の血を感じる。どれだけ外見を取り繕っても、礼儀作法を身に着けても、この血が薄れることはない。
「……まァ、なんだ、年頃だろう。反抗期ってやつだ。」
「反抗期というものはずいぶんと血腥いのですね?」
「少なくとも穏やかじゃないだろうなァ。」
子供から大人への移行期、自らの平凡さ、非万能性に気づいてしまう頃だ。それがこうも血腥くなったのは、間違いなくあの男―ドフラミンゴのせいだろうが。
「一発やってみたらどうだ?裏切りがあったとでもお前が言えば、ジョーカーは容易く信じるだろう?」
「…なるほど?」
唆すシーザーに、至極真剣な眼差しで検討を始めたメルセデス。シーザーとしては、一度見てみたくはあった。この娘が、どこまでドフラミンゴを手玉に取れるのか。もしかしたらこの娘を利用してドフラミンゴとの関係を変化させることも―。
「いえ、嘘をついては面白くない。」
赤い目が、鈍い光を放った。
「ン?」
「どうせなら、お父様に心の底から憎悪していただいてから、私が手を下したい。」
たおやかな指先が、荒れ狂う心を表すように爪を立てる。突き立てるように、引き裂くように。
「シュロロロ!なんて物騒な!」
―さすがはジョーカーの娘!ご自慢の化物!
シーザーは拍手喝采した。父親には、父親にだけは慈悲深い娘。それ以外の人間など、生き物など、小指の先で捻り潰すだけの存在でしかないのだろう。
そして、シーザーは気づく。
「メルセデス、お前、感情を抑えたいなんて思っちゃいねエな。」
もはや疑問符すらつかぬシーザーの言葉に、少女は至極当然のように、いつもの笑みを浮かべてこう言った。
「あたりまえでしょう。」