短編 | ナノ

不死人と幽霊屋敷

「帰ろ、帰ろ。もうこれ絶対だめだって。」

「なんだよビビってんのか?肝っ玉ちっせえなあ。」

「海賊のくせに幽霊怖いとか、てかお前が言えた口じゃねーだろ!!」

「そういう問題じゃねえよおお!!」

とある島、とある廃屋の前で。
ハートの海賊団の一員であるメルセデス、ペンギン、シャチは言い争っていた。

「なんでこんな遅くに来た!?もっと早く、太陽の登ってるときでよかったじゃん!」

「ここは秋島だからな、秋の日は釣瓶落とし。」

「あ、ちなみに昼でも幽霊は出るらしいぞ。」

シャチが付け足した情報に、メルセデスは絶叫する。そんな3人の様子を耳を塞ぎながら伺っていたベポは、でも、と話し出す―主にメルセデスに向けて。

「キャプテンはこの中にいるかもしれないんでしょ?」

「かもしれない…でも…。」

恐る恐る、といったふうにメルセデスは目をその屋敷―どうみても朽ち果てた廃屋―に向ける。幽霊以前に、足を踏み入れることが躊躇われるほどの損傷具合だ。

何故日も落ちる頃合いにこんな屋敷に来る羽目になったのか。時は、昼頃まで遡る。



「そろそろ腕がだるい。まじで。」

「余裕そうだなあメルセデス!?」

上から振り下ろされるハルバードも避けて、後ろから繰り出されるレイピアも避けて。
剣戟の合間にそんな、くだらない会話を交わしていた。

数日前にハートの海賊団が入港した島は、海賊とは距離を置きつつ、されど通報もしないというスタンスを貫く島。そこで海賊同士の諍いが起きても、島民達は我関せず、といった具合で。

あとから入港してきた海賊たちに喧嘩をふっかけられたローたちハートの海賊団一行は、ここのところ潜航続きであったこともあり、元気に体を動かしていた。

「相変わらずよくしゃべる口だな。」

「まーね。」

ローからの問いかけに、そう得意げに返事をすると、褒めてねえぞ、と返された。ひどい。うちのキャプテン冷たすぎでは?

さて、戦闘状況は終始こちらが優勢。ルーキーだと舐めてかかったのが運の尽きだろう。なにせ、こちらのキャプテンは泣く子も黙る―

「トラファルガー・ロー…!知ってるぜ、お前、能力者だろう?」

「なッ!?」

いつになく焦ったようなローの声に、クルーたちの目が集中する。
そこにあったのは、得意げな顔の向こうの船長、そして、地に膝を着いた我らがキャプテンの姿だった。

「キャプテン!」

「おいおい、動くんじゃねえぞ?」

ローのこめかみに銃口が突きつけられる。見れば、ローの細い手首には灰色のソレ―海楼石の手錠がかかっていた。まさか、能力者対策をしていたとは。雑魚だ雑魚だと舐めていたが、流石に偉大なる航路に入っていただけはあったらしい。

「どうする?メルセデス。」

「ううん…下手に動くのはやめておこう。」

耳打ちするペンギンに、声を潜めて返事をする。まさかの事態である、人質に取られているのはキャプテンだ。頭を失ってはどうにもならない。

「いい判断だ。取引といこうじゃないか。」



要求は至ってシンプル。身代金として、ローの首に懸かっている分を、この廃屋に持ってこい、とのことだった。
だが当然、と言っていいのかは不明だが、ハートの海賊団はローの懸賞金、2億ベリーなど所持していない。そもそも、自分たちに懸けられている金額と同等の財産を保有する海賊なんて一体どれほどいるというのか。

そこで、メルセデスたちは選択した。

大人しく、武力行使に出ようと。



崩れかけているのが幸いした。外壁の隙間から中を覗き見ると、これまた朽ちた家具類、腐り果てた床材が見える。

「随分とまあ…古いな。」

「人影はねえな。どこだ?」

あまりのオンボロっぷりに、幽霊以前に足を踏み込んだことによって怪我をするのではないかと心配になる。幽霊を怖がるメルセデスをからかっていたシャチ、ペンギンも、同じ予想に行き当たったのか、誰からともなく顔を見合わせる。

「ほんとにここか?」

ペンギンのもっともな疑問に、シャチは、何度も地図を確認してから首を横に振った。

「ここだ。廃屋も何も、この家以外に建物はないからここで合ってる。」

「床抜けない?」

「ベポが立ったら間違いなく抜けるだろうな。」

「どうする?」

3人と1頭の間に沈黙が落ちる。やがて、一番ここに来ることを嫌がっていたメルセデスが、重々しく口を開いた。

「…行こう。」



「で?」

「はい。」

「お前らが不用心にも足を踏み込んだ瞬間床材が抜けて?」

「はい。」

「地下室まで一直線に自由落下したと?」

「はい。」

「馬鹿か?」

「返す言葉もございません…。」

はあ、とこれみよがしに溜息を吐くローの様子に、キャプテン救出隊改め牢屋の中の置物と化した3人と1頭は身を縮こまらせる。
あまりのローの剣幕に、見張りに立っている海賊も驚いたように肩を跳ねさせた。

「…とはいえ、海楼石のおかげで能力がまるで使えねえおれとは違って、お前たちは縛られてるだけだ。なんとかしろ。」

「何という無茶振り…。」

「何のためにお前たちはここに来たんだ?ん?」

とはいえ、ローの言うことは理にかなっている。縄で両手足首を縛られたところで、荒くれ者たちを拘束するには力不足という他ない。

こういった細かい作業が得意なシャチが、音もなく自らの縄を解く。監視の目を盗んでペンギンの縄を解いている間に、メルセデスも縄抜けを完了したようだった。

メルセデスは、自由になった両手を、牢の格子から静かに外に突き出す。監視が気づくよりも早く、その手は海賊の首を締め上げた。

「がっ……」

意識を失った海賊の体を静かに地に下ろす。耳をそばだてて周囲の様子を伺うが、他に見張りはいないようだった。海楼石をメルセデスの分も用意してないことといい、見張りの少なさといい、どうにも詰めが甘い。こちらにとってはありがたいことだが。

「よし。そいつの持ち物を漁れ!鍵ぐらいあるだろ。」

「おっけ、あった。これ、ローのじゃない?」

昏倒した海賊の懐を探り、見つけ出した鍵に触れれば頭が揺れる感覚。これは海楼石だ、と革新し、無能力者のペンギンに渡せば、案の定、ローの手錠と噛み合ったらしい。

「よし、反撃と行こうじゃねえか。"シャンブルズ"!」

牢から抜け出し、晴れて自由の身。さあ、あとは借りを返すだけだ。



「ば、馬鹿な…!」

「どうにも詰めが甘いんだよ、お前。」

どうやらローも同じことを思っていたらしい、とメルセデスは一人、納得した。とはいえ、相手は億越えでもなければ有名海賊の傘下でもない。所詮はこんなものだろう。

「さて、借りは返させてもらう。」

いつも以上に冷ややかなローの声に震え上がったのだろう、相手の船長は脂汗を垂らしながら、ローを指さして叫ぶ。

「やれ!あいつを、トラファルガー・ローを殺せ!」

「させるかよ!」

こちらは4人プラス1頭、とはいえ、チート級の能力者が二人。対する海賊団は人数こそ上回るものの、昼間の喧嘩で大分削られている。形勢は五分、いや、ややハートが有利か。

「キャプテン、海楼石の影響はもう平気?」

「おれを誰だと思っている?」

そう言って、ローは不敵に微笑む。さすが、我らがキャプテン。
そんなローを見て、さっすがぁ!と叫びながらメルセデスは敵陣に切り込んだ。背後から愉快なオペの話し声が聞こえる。さて、今日の患者は一体何とシャンブルズされているんだろう?

「おのれ…おのれおのれおのれ!!」

敵船長はヤケを起こしたのか、手当たり次第に発砲する。右に、左にと交わしながら船長に肉迫するメルセデスの胸に、ぐり、と銃口がめり込んだ。

「ん?」

「死ねェッ!!」

セーフティーの外される音のあと、きっと、瞬き一つに過ぎないであろう、けれどメルセデスには永遠のように感じられるほどの時間が流れて。

銃口を塞がれたことによる、鈍い発砲音と、軽く体を吹き飛ばされる感覚とともに、メルセデスの意識は吹き飛んだ。

「メルセデス!!」

メルセデスの胸に咲いた赤い花を見てローが叫ぶ。シャチたちも一瞬、呆けたように突っ立っていたが、慌てて声を上げた。

「だ、大丈夫だキャプテン!あいつは、あいつは…!」

不死人なんだから。シャチがその言葉を口にするより早く、己の体が床に崩れ落ちるよりも早く。

「えっ、ちょ、貫通してないじゃん!まずくね、これ?」

身体のコントロールを取り戻したらしいメルセデスが、慌てて左足を引き、崩れた体制を立て直す。確実に心臓を撃ち抜いた男が、まるで何事もなかったかのように喋りだすのを見て、敵船長は瞠目する。―一体、何がどうなっている!?

そんな相手の様子を見て、これ幸いとメルセデスは頭を殴り飛ばした。



「取れたぞ。」

「ありがとう、キャプテン。いやー、鉛は怖いからね。」

船に戻るよりも先に、弾丸の摘出を受けたメルセデスは、笑顔でローに感謝を述べた。異物さえなくなれば、メルセデスの体は元通り。そんな自身の体を見下ろして、しかし、とメルセデスはぼやく。

「銃で死ぬのはなかなか久しぶりだ。」

「ああ。」

「なんで貫通してくれないかなあ。貫通してくれたらほぼ死なないのに。」

「ああ。」

「ロー?」

「ああ。」

「もしもーし。」

感嘆符しか返さなくなったローに、どうかしたのかとメルセデスが心配そうな顔を覗かせる。そんなメルセデスを、彼の傷すべてが消え去った体を、取り出した弾丸を見て、ローは顔をしかめる。

「おれは銃が嫌いだ。」

「わかる。俺も。」

「そして…銃で殺されるやつを見るのは、もっと嫌いだ。」

ローの言葉に、メルセデスは目を見張る。ついで、慌てたように手を振りながら、しどろもどろに言い訳を始めた。

「いや、でもさっきのは仕方なかったっていうか、まあ死なないし?って感じで?避けたほうが誰に当たるかわかんないし?」

「お前が何を考えたかぐらいわかる。」

「…さすが。」

降参です、とメルセデスは両手を頭上に持ち上げる。それを見て、ローは鼻で一笑してから、まあ、と付け加えた。

「今度からは気をつけろ。間違っても味方の銃で死ぬなよ?」

「努力シマス…。」

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