花の乙女と金曜日
「ポーク、ビーフ、チキン…シーフードもいいですね。涼月さんは何がお好みですか?」
「は…ええと。」
鎮守府を出て赴いたのはごくごく一般的なスーパーマーケット。精肉コーナーの一角で、すでにいくつかの野菜が入れられたかごを片手に持った大和に尋ねられ、涼月は思わず口ごもる。
「夏なら夏野菜カレーでも良いんですけれど、今は冬ですから。ちょっと辛めにしたほうがこの季節、良いかな。」
「そうですね…。」
どれがいいかな、と商品を観察する様は鳳翔や間宮といった、鎮守府の台所を取り仕切る艦娘たちとも張り合える域にある。
「うーん…。やっぱり定番のビーフカレーかな。どうですか、涼月さん?」
「はい、大和さんが作ってくださるものはなんでも。」
私服らしい、落ち着いた色合いのワンピースの裾を揺らして尋ねる大和に、同じく制服もペンネントも脱ぎ、私服に身を包んだ涼月は頷いて返した。
大和が、涼月にカレーを作るといい出したのは昨日のことである。
伝統墨守を掲げる鎮守府において、一体何年続いているのだろうか、洋上での曜日感覚を維持することを目的とした金曜カレー。艦娘たる彼女たちも例外ではなく、金曜の夕食は鎮守府にいても、遠征先であってもカレー。間宮が仕切る食堂で食べてもよいし、自作する艦娘もいる。金曜は午前の演習しか予定がなかった涼月は自作しようと考えていたのだが、そこに大和が突撃してきて、流されるがままに共にカレーを作る運びとなった、というわけだ。
「涼月さんはカレーの具では何が好きですか?」
「私はやはり、じゃがいもが好きです。」
「柔らかくてほくほくのじゃがいも、いいですよね。」
まるで一般市民のようにレジに並び、会計を済ませる。ありがとう、と声をかける大和が艦娘であることに気づいたのか、レジ打ちの青年は顔を赤くした。
その様子になんとなくもやもやして、涼月は奇妙な心の動きに首を傾げる。胸のあたりに握りこぶしを当てれば、詰まっていた息が通りやすくなったように感じる。
「涼月さん?」
「あ、いえ…。」
どうしたのか、体調が悪いのかと尋ねる大和に慌てて首を振った。なんでもない、ただ不可解な気持ちに陥っただけ。
「大丈夫ならいいですけれど…。最近寒いですから。体を大事に、ね?」
「はい。」
大和の手が涼月の背に添えられる。その掌の暖かさに、涼月はほっと息を吐いた。手当、というのはこういうことを言うのだろうか。
「さあ、戻ってカレー作り、初めましょうか。」
「はい!」
涼月の背に触れていた大和の手が離れていく。温もりが名残惜しくて、半歩だけ、涼月は横に立つ大和に身を寄せた。
「涼月さん、見て。夕陽が海に写って、とても綺麗ですね。」
「本当に、すごい…。でも、少し眩しいです。」
落暉が二人の顔を照らす。彼女たちの海へ、太陽が帰っていく時間になっていた。