短編 | ナノ

全てのイヴの娘たちへ

メルセデスは美しい女である。―20歳から数を引くより、10歳から数を足したほうが早い歳の女子を"美しい女"と形容するのは適切であるかどうかはさておき。少なくとも、メルセデスは、これまでドフラミンゴが出会ってきた女の中で屈指の美しさを誇っていた。ここでいう美しさとは、単に容貌のみを指すのではなく、その内面のあり方にも言及していることを付け加えておこう。


さてしかし、その美しい女は今、だらしなくソファの上にうつ伏せになって顔をクッションに埋めていた。時折足が動いていることから、寝ているわけではないとわかる。何故娘がそんな行動を取っているのかと、サングラスの奥の目を一瞬丸くしたドフラミンゴだが、そう言えば今朝の朝食の席で、最近使用人としての仕事に力を入れているベビー5が『今日はメルセデスの部屋を掃除するわよ!』と意気込んでいたことを思い出し、納得する。部屋を追い出された娘が、父親の部屋に押しかけて、自由気ままに寝こけるのは至って一般的なことだろう。ドフラミンゴ自身にそんな経験はないから、実際のところどうなのかわからないが。

「メルセデス。」

「メルセデスは今現在スリープモードなので。」

名前を呼びかければ、やや眠そうな間延びした声でそう言い返す娘に、ドフラミンゴは柄にもなく吹き出しそうになった。なんだスリープモードって。メルセデスの足が小さく動く。もしかしてこの動きはジャーキングなのだろうか。

「メルセデス。」

もう一度呼びかければ、眩い金髪に隠された頭が少し動いて、まだ幼さの残る花顔が姿を見せる。親であるおれ譲りの赤目は半分ほど閉じられていて、普段は穏やかな印象の目元がどこか険を帯びているのに、自分の面影を見出して少し楽しくなる。

メルセデスは視線で何の用だと訴えかけてくるが、こちらにはこれといった用などないのである。そこに娘がいて、そこで興味深い行動を取っていたから声を掛けた。親というのは、恐ろしく小さな出来事に幸福を感じる職業であるらしい。

赤い目がゆっくりと瞬きをする。瞬きというか、ほぼ睡眠に落ちかかっているような動きだ。目元を手で覆ってやれば、手のひらを睫毛がくすぐる感触。よく寝るなあ、いや、おれもこれぐらいの歳の頃は馬鹿みたいに寝ていたか。その結果1年で1m身長が伸びたこともあった。この年頃の少女にしては少々高めの身長を持つメルセデスも、そのうちそんなことがあるのだろうか。

メルセデスの目元から手を離す。静かに眠る娘の髪を幾度か撫でて、その流れを整える。娘が美しくあることを絶えず補助するのは父親の最たる役目である(と、ドフラミンゴは勝手に思っている)。最も、補助する、という言葉は直接的なものではなく間接的なもの、つまり経済的援助やその身が脅かされないように務めるなど、美しさ以前に親として務めるべき当然の義務が包括されているのだが。

少なくとも、美しさがメルセデスの人生においてマイナスに働くことは―ない、とは言えないのだが。思えば童話に出てくるお姫様達は大概その美しさゆえに迫害され、時にはその命を脅かされる。とはいえ最後は美しさで王子のハートを射止め、幸せを手にするのだから、結局美しさはあって困るものではない。結論、ドフラミンゴがメルセデスを美しく在れと願うことは何も間違いではない。

娘は幼い寝顔を晒して、穏やかに微睡んでいる。娘の立てる寝息以外、何の音も存在しない部屋で、ドフラミンゴは暫し、眼前の光景を眺めていた。

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