不死人と13階段
眩しさで目が覚める。
いい天気だなー、ちょっと寝過ぎたかなー、なんて思いつつ俺は寝返りを打とうとして―
「ほげぇぇぇ!?なんだこれぇぇぇ!?」
体が動かないことに気づいた。
「おおっと、目が覚めてしまったかな?少しうるさいですねぇ。刃を落としましょうか。ご心配なく!彼は"フシフシの実"の能力者です!首が飛んでも死ぬことはありません!」
慌てふためく俺を見下ろす、やたら派手なシルクハットを被った男。お前何を言っている。刃を落とす?首が飛ぶ?
俺は真上を見上げ、そこでようやく、俺がどこに寝かされているかを把握した。
正義の柱、ギヨティーヌ。
またの名をギロチン。
執行人が縄を切る。
「ばかあああああああああッ!!!」
白銀の刃が、静かに降りてきた。
ステージ上に血が吹き出す。転がる首を見て、失神する幾人かの婦人たち。まあ、そうなるな。
(どこだよここ…)
転がる視界から得る情報を分析しつつ、メルセデスは首を傾げ―られはしなけれど。
どうやら人間屋であるらしいことはわかった。俺がなかなか注目されていることも。やめて注目しないで!
ステージ上に溢れた血がゆっくりと血管に戻り、ひとりでに首が、胴体の方へ転がりだす。
「お゛かえり俺の首……。」
「ご覧のとおり、致命傷を負ってもすぐさま回復!労働力としても、趣味の相手としてもご利用いただけます!」
不死人を必要とする趣味ってどんなだ。
「能力ゆえ、少々お高めですが100万ベリーから始めましょう!さあ、さあ、どうです!?」
「こんなおっさんに100万ベリー払うぐらいなら女の子に貢いだほうが遥かに有益だぞー!!」
「うるさいですねぇもう一度飛ばしといて。」
「おいやめゴッ」
斬首を口封じに使うな。
二度目の斬首はなかなかにきつい。主に流れた血を回収するのに、多大な体力を使っていた。不死とはいえ疲れはする。こんな状況じゃなければ、疲れたしちょっと寝てから首回収しよ、なんておおよそ一般人は思いつかない考えを抱いて寝ているだろう。まあそもそも二度も斬首されるなんて状況はまずないけど。
ころころ転がる耳が音を拾う。俺の競りは次第に声が少なくなり、今はどうやら二人の男が争ってるらしい。嬉しくない!
「300万!」
「350万!」
「…なら、500万だ!」
嘘でしょ。
「やべえ俺人魚だったのかも。」
あまりの高値に我が事ながら(そう、我が事ながら!)息を呑む。おれを買ったからと言って、買った人間が不死になれるわけではないのに。おれに500万ベリーの価値があるのか。―喜ぶべきか悲しむべきか、微妙な気持ちだ。
「人魚なら桁がもう一つ多いぞ。」
「5000万ベリー…!?さすがにすげえな…。」
親切にも相場を教えてくれた執行人を見上げる。帽子で影になった目元に、剣呑な光が見えた。あれ?
「700万!」
「800万!」
「むっ……1000万!」
なんてことだ。大台に乗ってしまった。このただただ毎日死んでも生き返る、死なないだけの男に!
会場もおれの心を写したかのようにざわめき出す。これはおれ人魚説がいよいよ現実味を帯びてきたのでは。
「1000万!これ以上は、ありませんか!?」
進行役が興奮気味に会場を見渡す。
「それでは、"不死人"メルセデス、1000万ベリーで…」
競売終了?それは困る。
おれは執行人を見上げる。彼の目もまた、俺を見ていた。
「へるぷへるぷー。助けてキャプテーン。」
「言うのが遅い。―Room!」
青い膜がステージ上を、客席の一部まで覆う。おれを拘束していた縄が、二度も俺の首を刎ねたギロチンがバラバラに分解される。ありがたい。
「ありがとうありがとう。ところでその服似合ってるね。」
「ああ、お前の首を刎ねるためにわざわざ準備したからな。」
「…んっ!?」
なんだか今聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
しかし聞き返そうにも、執行人の衣装に身を包んだ我らがキャプテンは―トラファルガー・ローは、元気にステージ奥へ、経営者を追いかけて行ってしまった。いやあほんとによく似合ってるなあ、あの衣装。
「おいメルセデス!こっち手伝え!」
「手持ちないんだけど!」
口ではそう言いつつ、丸腰で、警備隊を相手にしているクルーたちに混ざる。武器はまあ、かっぱらえばいいか。
眩しさで目が覚める。
朝だ。起きるべきかをまず思案して、午前中には何も予定が入っていなかったことを思い出す。二度寝しようかな、と寝返りを打った先に。
「起きたか。」
「何故……この早朝に……。」
我らがキャプテンの目つきが悪いお顔があった。
驚く以前に怖い。なんでこんな朝っぱらから人のベットに腰掛けてんの。
「調子はどうだ?」
「眠い…。」
寝かせてくれ、と閉じかけた瞼で訴えるが、ローはおれのまつげを引っ張って瞼を上げさせた。ひどい!
「首は…相変わらず綺麗にくっついてるな。気分は?」
「眠い以外は…無問題。」
おれの返事に、ローは鷹揚に頷く。やばい、瞼が勝手に降りてくる。
ローには悪いが、二度寝させてもらおう。なにせ、二度も首を吹っ飛ばされたのだ。回復に使った体力もなかなかのもの。今日一日休んだって文句は言われないだろう。
そう考えて、おれは枕に顔を埋めた。
「寝るのか。」
「さすがに疲れたからね…。」
おれがそう答えると、ローは鼻をフンと鳴らし、ベッドから立ち上がった。
「昼には起きてこい。」
「んー。」
まぶたの裏の渦巻きに巻き込まれていく。頭の芯から緩やかに、おれは眠りに落ちた。