短編 | ナノ

五つ目を落とした者よ

※秋イベネタバレ

空の底が近づいてくる。
無数の航跡がきらめく。私の名を呼ぶ声がする。

―すずつき、涼月。

ああ、私は、私は。
もう一度、海を、駆けて―



ざりざりと落ち葉を踏む。吐く息こそ白くないものの、深まりつつある冬の寒さに、涼月は上着を手繰り寄せた。葉を落とした木々の隙間から差し込む日差しが眩しい。
予定されていた演習も改装も終わり、自由気ままに過ごす麗らかな昼下がり。さて、どこへ行こう、と着任したばかりの涼月は思いを巡らせる。

間宮はすでに訪れた。というか、着任したその日に駆逐寮の面々に連れて行かれた。質素倹約を旨とする涼月の食生活を見かねたのか、色とりどりのお菓子を両手いっぱいに貰った。

同型艦の姉妹たちは、涼月を鎮守府一見晴らしのいいところへ連れて行った。夏の夜などは天体観測をしたり、遠くの花火大会を眺めるのだという。空を見たがるのは防空駆逐艦らしいと思った。

提督と、秘書艦であるという大淀は涼月をドックと演習場へ連れて行った。これからこの鎮守府で生活して上で必須の場所を教えた、と言ってもいいだろう。しかしドックに併設されている入居目的でない大浴場に、大勢で入るというのも楽しそうで、涼月は心が踊ったものだ。

あとは、あとは―。
視線を左右に振って、何かないかと探す。どこか、涼月の知らないところは。

「涼月さん。」

背中に掛けられた声に、ぱっと振り向く。懐かしい、ずっと聞きたかった声だ。最後に聞いてから随分経ったから、もう声は思い出せなくなっていたけれど。今ぞ思い出した。

「大和さん…!」

冬だからだろう、臙脂色のコートを着て、いつもの傘を指した大和を見て、涼月の顔が綻ぶ。

「お久しぶりです、大和さん。」

「ええ、こちらこそ。ところで、どこに行くつもりだったの?」

「いえ、どこへとは…。自由時間なので、鎮守府内を見て回ろうと。」

そう答える涼月に、大和は微笑みを浮かべて、一歩踏み出す。

「案内しましょうか?」

「いえ、大和さんのお手を煩わせるわけには…。」

「いいの。あのね?私、あなたとずっとお話がしたかったの。」

涼月の手を取って、大和が囁く。え、と涼月は目を丸くした。

「私と、ですか?」

「ええ、そう。」

涼月が目を瞬かせる。大和の意が読み取れず、思案しているようだった。

「あの時にいっしょに戦ってくれたのに、全く話す機会がなかったでしょう?ずっとお話がしたかったの。やっと鎮守府に来てくれたから、ね?私の話に付き合うつもりで、案内もされて頂戴?」

「ええ、大和さんのお願いであれば…。」

しどろもどろになりつつひねり出した涼月の返答に、大和は嬉しそうに手を握る力を強めた。笑顔がより深くなる。

「ありがとう。ねえ、まずはこちらへ行きましょうか。こっちは支援艦隊用の待機室があって―」

涼月の手を引き、大和が歩く。ああ、こんなに穏やかな隊列もあるものだな、と涼月は一人、微笑んだ。

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