片道切符
息をするように人を殺す。その罪科の程度にかかわらずに。
この世の歪みの極地だな、とトレーボルは笑った。そうだ、世界の頂点に生まれ来ながら、有象無象の罪で地に叩き落されたおれは、まさしくもってこの世の醜悪の具現だろう。
自らの目的のためなら手段を問わないという貪欲さは、生まれ持った残虐性と結びつき、その果てに震えるほどに美しい、化物を生み出した。
白銀の刃を振りかざす。明らかに身の丈より大きい獲物を支える膂力は、その背のどこに隠されているのだろう。
『父親が父親なら、娘も娘だな。』
機械的に殺す。その好悪を問わず。
ただそうあれと願われたから。ただそうせよと命じられたから。
そう生きよと、生まれ来たから。
「メルセデス。」
自分でもぞっとするような、どこから出たのかと喉を切開したくなるほど、優しい声が出た。金の髪を持つ娘が振り向く。真っ赤な目も、微かに朱が指した雪膚も、ドフラミンゴと同じ色だ。この娘が、間違いなくドフラミンゴの血を引くことをありありと示していた。
「お父様!」
舌足らずな声でおれをそう呼ぶ。やめてくれ、と叫びたくなった。おれはお前の父親ではない。そうなるべきではなかった。おれは、おれは。お前の命を弄んでいるのに。
気づけばこちらへ向かって走ってきた娘を抱きとめる。小さな体は柔らかく、温かい。成熟した女とはまた違う、安心感と、同時に微かな不安を覚えさせる感触。ちゃんと見てましたか、私がんばりました、と嬉しそうに告げる娘の声は高く、甘い。やめてくれ。そんなに可愛い声をしているのに。どうしてその声で、その姿で、人を殺せるのか。何の罪もなく、憎悪の一片もその身に抱えていないというのに。
「ああ、さすがはおれの娘だ。」
しかしおれの口はひとりでに、娘の殺人行為を賞賛する。言うべきではない、すべきではない。おれはなんの罪もない赤子に人殺しの術を教えた、その罪もまたおれの罪。この道は赤く二人連れ。
「そうですよ!お父様の娘ですからね!」
堂々と胸を張る娘に手を上げてでも、この道から戻してやらねばと良心が告げる。この娘ならば、まだやり直せる。人を殺めるのは悪いことだと、お前はそれを強制されていたのだと、告げることができたなら。
「ああ―お前はおれの大切な娘だ。」
できたなら。
「戻るぞ。次の仕事にもついてくるか?」
「はい!どこまでもお供しますよ!」
おれにそんな勇気はない。折角、地獄までの道に連れ添ってくれる相手を見つけたのに。今更離せない。離さない。
この道は赤く二人連れ。行き着く果てには何がある。