短編 | ナノ

水底の記憶

虐殺ルート後の話、死ネタ

コンソールを握っていた右手は、まだあの感触を覚えていた。彼の機体、ストレイドを撃ち抜いた感触を。
あの時確実にコアに当たった弾丸は、メルセデスに致命傷を与えただろうか。それとも、彼はあれだけでは死に切れず、海水に浸食されながらカーパルスの水底に沈んでいったのだろうか。彼を唆したオールドキングと同じように。

顔色が悪い、とメルツェルに声をかけられた。そうだろうとも。私は今しがた、この手で彼を、メルセデスを死に至らしめたのだから。
共に出撃した彼のオペレーターであり、オリジナルであった女性は気づけば消えていた。彼女も私と同じように、罪悪感と後悔に駆られていたのだろう。なぜあのような凶行に走らせてしまったのか、と。

彼は、メルセデスは、無垢で無邪気な少年だった。ただAMS適性があっただけにカラードに飼い慣らされ、企業戦争の手先となっていただけの。そんな彼の実力に最初に目をつけたのはテルミドールだった。当時まだオッツダルヴァと名乗っていた頃、新進気鋭の新人と共にアームズフォートの排除に向かったのだ。そこで見せた的確な動きに、このまま首輪付きにしておくのは惜しいと思った。だからこそ首輪を外してORCAに招き入れ、その実力を人類の未来のために、クローズプランに役立ててほしいと思ったのだ。ところがどうだ。彼はオールドキングに唆され、一億人もの無辜なる人々を空から叩き落とした。あの無邪気な少年が!

ああ、どうしてあの時、オールドキングがメルセデスに何かを話しているとき声をかけなかったのだろう。あの時ならばまだ引き返せた。もし声をかけて、オールドキングの真意に気づけていたのなら、クレイドル襲撃はオールドキングのみが行い、ORCAからも厄介者を弾き出せる機会だったのに。あの時、テルミドールが止めなかったからこそ、運命は異なる道を歩みだしたのだ。テルミドールとメルセデスが、決してともに生きては行けない道を。その結果、テルミドールは自らの恋人を手に掛けた。あの海中に没するとき、メルセデスは何を思っただろう。海水越しにブースターの光を見て、彼は何を。

『おれも、マクスのこと好きだよ。』

彼に思いを告げた時、彼はそう答えたのだ。歳相応の、少年らしい笑顔に恥じらいを浮かべて。そっと重ねた唇は乾燥していた。お互いに戦場に赴く者。いつ命が尽きるか分からない。それでもあの瞬間、確かに二人は共に生きていたのだ。同じ理想を掲げ、同じ未来を目指して。それは、やがてどちらかが戦場に斃れるまでずっと続くものだと思っていた。

メルセデス、メルセデス。テルミドールは呻く。
ああ、こんなことになるのなら、こんな思いをするのなら。ラインアークで彼と対峙したときに、海に沈んで死んでしまえば良かったのだ。

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