短編 | ナノ

Erlkönig

エレベーターの階数表示が移り変わっていくのを見ている。

ここ数日、パーティーという名の腹の探り合いに付き合わされて夜遅くに帰っていたから、こうして早くに帰れるのは久しぶりだ。商社マンのようにスーツを着ていてもベルリオーズは軍人であるというのに、きらびやかな場に引っ張り出して何がしたいのか。そんなことをやっているぐらいだったら、徴発されてきたばかりの新米リンクスにネクストの戦い方を教えている方が遥かに有意義で充実している。

エレベーターがポーンと音を立てて、最上階に到着したことを告げる。腐っても企業、自社のリンクスには相応の住まいを用意してくれた。企業の制定した居住区の中でも一等の集合住宅、それも最上階。ベルリオーズと娘の二人きりには広すぎる家だ。

「あ、おかえり!お父さん!」

「ただいま、メルセデス。」

ドアを開けて出迎えた娘を抱きしめ、頬にキスを送る。親子で揃いの黒髪が揺れる。

「すまないな。しばらく時間が取れなくて。」

「仕方ないよ。お父さんはレイレナードの支柱なんだから。」

「そんなつもりはないのだがな。」

本当に、そんなつもりはないのだ。確かに未だ企業間では軽度の衝突こそあるものの、ベルリオーズほどの実力者が出張る必要はほとんどない。回ってくる仕事も新武装のテストパイロットや、新米リンクスの指導ぐらいだ。そろそろ後継に座を譲って引退したって良い、とベルリオーズは考えている。

「ご飯もうちょっとでできるから、先シャワー行ってくる?」

「ああ……いや、夕飯のあとにしよう。」

「そう?じゃ、ちょっと待ってて!今晩はビーフシチューだよ!」

跳ねるようにキッチンに戻る娘を見送り、ベルリオーズはリビングのソファに腰掛ける。つけっぱなしのテレビからは、企業に傾いたニュースが流れていた。自社を持ち上げ、競合他社を非難する内容は、かつて耳にしたディストピアのようだ。ニュースなのかCMなのかわからないほどに自社の商品の紹介がなされ、合間に企業間の武力衝突についてのニュースが流れる。

『五大湖周辺で勃発した、レイレナード社とGA社の衝突はレイレナード社の勝利によって終焉を迎えつつあります。これについてGA社はコメントを発表しました。』

出来レースだ。

戦わなければ、被害が出なければ、装備を消費しなければ工場は回らない。
水資源の確保などと、それらしい理由をのたまってはいるが、そんなもの誰も信じていない。作った弾を撃ちたいだけ。作った砲身を摩耗させたいだけだ。この前はGA社が勝ったから、今度はレイレナード社が勝つ番。この勝敗も所詮は被害の大きさで決めているに過ぎない。企業としては、負けてくれたほうがいいのだろう。その分経済が回るから。

馬鹿馬鹿しい話だ。戦争は経済を回す手段。国家が戦争するよりも、自分たちが戦争をするほうが経済的見通しが立てやすいらしい。経済を回すためなら下級の兵士が何人死のうと構わない。死んだ分、弾は消費されたのだから。

『続いてのニュースです。GA本社は、競合企業であるアクアビット社と手を結び続けているGAヨーロッパ社に対して3度目の勧告を行いました。GA本社は、今回が最後通牒であり、従わない場合は相応の手段を取ると発表しています。』

「お父さーん!」

「ああ、今行く。」

娘の声に返事をして、テレビの電源を落とした。どうにもまた戦争が始まるらしい。何回目だろうか。

「結構美味しくできたと思う。食べよ食べよ!」

「ああ。」

娘を向かい合うように座り、スプーンを受け取る。初めこそなかなかだったが、最近は随分と料理が上手くなった。自分の作った料理を美味しいと自画自賛する娘に目を細める。

ああ、この娘だけは守らなければ。たとえ自らの命が失われようとも。

自らの意思を改めて確認するように、胸に手を当てる。戦争の足音は、もうすぐそこまで迫っていた。

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