兄の心、弟知らず
おれは朝からうきうきだった。年に一度のスペシャルデイ。今日はおれの誕生日!ハッピーバースデーロシナンテ!
「そうなんですか?おめでとうございます。」
初っ端から撃沈した。南無。
「思えばお誕生日をお聞きしていませんでしたね。何も用意していなくて…ケーキ買いに行きます?」
そうだ、そういえばおれはメルセデスに自分の誕生日を教えたことなどない。そもそもおれは、今年の3月になって初めてこの姪っ子と会ったのである。まだ出会って3ヶ月半ほどしか経っていない。それなのに当然の如く誕生日を祝ってくれるだろうと考えてたおれ、恥ずかしい。
「お、おう。買いに行くか…?」
「私に聞かれても…。」
ロシーの誕生日でしょう?と苦笑混じりに返される。そうでした。でもいい歳した大の男が誕生日ケーキを買いに行くというのもなんだか、こっ恥ずかしいわけで。
「ああ…そうですね、私は甘いもの食べたいです。」
「よし、買いに行こう。」
―って、何姪っ子に気を遣わせてるんだおれ!しっかりしろ!
「そういやドフィは?」
昼飯のそうめんをすすりながらおれは尋ねた。あのド派手な存在感がないことに、浮かれて気づいていなかったわけではない。ただ聞くタイミングがなかっただけだ。
「教諭同士の学習会?があるとかで、朝から電車で出かけました。」
「へー…。」
疑問を解消したところで、叔父姪の間に沈黙が流れる。思えば出会って3ヶ月半、メルセデスと2人きりになったことなんてなかったんじゃないか?まずい、どうにかこの沈黙を打開せねば。
「あ、そういや晩ごはんは決まってたり…とか…。」
苦し紛れに自分が誕生日であることをアピールしつつ尋ねるが、メルセデスはまたしても困ったように笑いながら告げる。
「冷しゃぶです。…残念ながら。」
全然残念じゃないです。おれは全身で否定した。
「ロシーの誕生日?ああ?…そうだったか。」
実の兄ですらこの反応である。おれは崩れ落ちそうになった。ああ、父上母上、あなた達しか頼れる人はいないのか。
「何かするのか?」
「いえ、献立は既に決めていたので…ケーキは買ってきました。」
ちなみに冷しゃぶに決定した理由は『レタスがだいぶ危ない上、豚肉安売りの日だったから』だそうだ。論理的である。心優しい姪っ子は別の日におれの好きなものを作ると約束してくれたので、これ以上何も言うまい。冷しゃぶ美味かったし。
「あ?ケーキ?」
しかしここでドフィが不穏な声を零す。
「はい。お父様用には甘さ控えめのものを買ってきましたが。」
「いや……俺も行った先で土産に買ってきたんだが…。」
これだ、とドフィが持ち帰ってきていた紙袋の中から、白い箱を取り出す。
「おお…。」
かくして卓上には6つのケーキが並ぶこととなった。
「お誕生日おめでとうございます、ロシー。」
ありがとうありがとう。
「何か買ってやろうか?」
なんてことだ。ドフィが優しい。これが誕生日か。
「いや、遠慮する。」
しかしここは謙虚に出る。調子に乗って何か欲しがったが最期、ドフィの誕生日にどんな要求を突きつけられるかわからないからだ。いいぞおれ、冷静だ。自画自賛しながらおれはショートケーキのいちごにフォークを突き刺した。美味い!
「お父様、本当にロシーの誕生日忘れてたんです?」
「あ?当たり前だろ。」
「そうですか…ふふ、そうですよね。」