とある白ひげの超電磁砲 2
「この良い陽気に昼寝中の部下を連れ出すとか鬼か?鬼なのか?」
「良い陽気なら外で寝てろよい。」
一人部屋に閉じこもり、キノコを生やさんばかりの勢いだったメルセデスを連れ出したマルコは、眩しい日差しを避けるように道に目を落とす。こいつはほっとくとすぐに引きこもる。停泊しているというのに陸に足を降ろさないつもりなのか。流石にそれはないだろうと、気を利かせた―というより、メルセデスの虫干しついでにマルコ自身の個人的な買い物に付き合わせるつもりでこいつを引っ張り出した。暑い溶けるとメルセデスは連呼しながら恨めしそうな目でマルコを見ている。引きこもり禁止令を親父から出されているのはどこのどいつだったかな。
「ありえない暑い…どこか涼しいところに行きたい…海とか……。」
「死ぬつもりかよい。」
能力者のくせに何を言っているのか。しかしマルコとしても暑いのは事実なので、近くに見えた本屋の戸を押す。涼しい、とまでは行かないが、日差しが遮られている分外に比べれば随分と過ごしやすい。
「あ、」
そして本屋となればこの引きこもりも元気になる。目ぼしいものがあったのか、暑さにへばっていた先程までとは打って変わって、キビキビした動きで棚から本を抜き出していた。
「何かあったかよい?」
「んー、統計力学の新書が…」
平衡がーだの孤立系のーだのと、考えているのだろうか、とりとめもない言葉を幾つか零す。能力の使い方からして思っていたが、こいつは頭がいい。それも学術的に。
メルセデスはいくつかの本を開き、その中身を見て熟考する。あれは少し掛かるな、と判断し、マルコも本を物色しだした。
結局何冊か買ってしまった。
「ボルツマンの新説……。」
同じく何冊かの本を抱えたメルセデスは幸せそうである。どれくらい幸せそうかといえば、店を出てあの日射の下に晒されても平然としているくらいには。
「ところで、マルコの買い物とは?」
「別に、取り立てほしいものがあるわけじゃねえよい。」
「ほお、いや、時間を取らせたかと思ってな。」
十分時間は取られたような気もするが―いや、だがこいつを引っ張り出していなければより一層目的もなく街を歩き回っていた気がするので良しとする。
「というか、一番隊は今回割当なしか。」
「気づくのが遅えよい。買い付けは三番隊で換金は二番隊だよい。」
「ああ、エースか。」
「そう、お前が昨日酒をバカスカ飲みまくったせいで涙目になってたエースだよい。」
賭けに勝ってもぎ取った奢りに遠慮しなかった昨日のメルセデスときたら、悪魔も裸足で逃げ出すレベルだった。初っ端から度数もお値段も高い酒を入れまくり、そのくせ全く酔い潰れず伝票が3枚に達した。流石に弟分が可哀想になったのか、見兼ねたサッチが止めに入らなければ恐らくエースは今頃ご破産だっただろう。
「換金が2番隊なら多少ちょろまかして財布に入れられるだろう。それで昨日の金はまあ、どうにか。」
「なるわけねえだろうよい。」
それにエースは芯が真っ直ぐな青年だ。後々自分に配分されるものでもあるし、船の金に手は付けないだろう。
「そうか…。話は変わるがエースって肩に自分の名前彫ってるよなあ。」
「そうだねい。」
「ここの隣の島って海軍の駐屯地が、まあ小規模だけどあるんだよなあ。」
「そうだねい。」
「そしてさっきから、一本横の通りが騒がしい気がしないでもないよなあ。」
「…そうだねい。」
何人かの男が喚き騒ぎ、走り回る音。遂にはこの暑さを加速させる火柱まで見えた。陽炎がちらつく。
「追手を叩いてエース回収案」
「賛成」
いくら炎を出そうが全く数の減らない海兵相手に、エースは必死に思考を巡らせていた。このまま船に戻るのはまずい。かと言って撒けるほど距離を取れてもいない。いや、そもそもログが貯まるまでしばらくかかることを考えれば、ここで海兵をやり過ごすのは上策ではない。なるべく叩いておきたいところだが―
「良い的だぞ、お前たち。」
思案するエースの頭上を、白い火花が駆け抜ける。遅れて音がやってくる頃には、その弾丸は既に目標を射抜いている。
「メルセデス!マルコも!」
「全く、面倒な奴らを呼んでくれるねい。」
「やっぱりその、肩に名前を彫るのはよしたほうが良かったんじゃないのか?」
心強い援軍に、エースは思わず安堵の息を吐いた。これなら、この海兵たちを一掃できる。
「"不死鳥"マルコに"プリンキピア"メルセデス…!気をつけろ、一番隊のツートップだ!」
「えっメルセデスそんなすごいやつだったのか!」
「そうだぞー崇めろ崇めろ。」
「軽口叩いてねえでいくよい!」
マルコが地を蹴ると同時に、エースの炎が揺らめきメルセデスが正確無比な弾道を描く。時々弾が掠るのは、まあ狭い道だから、ご愛嬌だ。
程なくして、狭い路地は海兵の呻き声で満ち溢れた。
「考えれば、名前彫ってなくてもオヤジの旗背負ってんだしさ、同じじゃね?」
「オヤジの旗は義務だからなぁ。」
メルセデス曰く、お前のその入れ墨は自己主張が激しすぎる、と。背中に刻んだオヤジのジョリーロジャーも同じだろと文句を言えば、そんな言葉を返された。どういう理論だ。
「そもそもシャツを着れば見えなかっただろう?」
「こんなくそ暑いのに着てらんねーな!」
「…………そうか。」
あからさまに大きなため息をつくメルセデス。本人はまだ何か説教じみたことを言いたそうだが、それよりもエースは気になっていることがあった。
「それよりもさ、海兵たちメルセデスのことを"プリンキピア"って呼んでたけど、何それ?」
『"不死鳥"マルコに"プリンキピア"メルセデス…!』確かに海兵たちはそう言っていた。流れからして、恐らくメルセデスの二つ名なのだろうが、全く耳馴染みのない言葉である。
「プリンキピア?ああ、それ、本の名前。」
「本?」
本の題名。だからどうした、とエースは首を傾げる。本の題名がなぜメルセデスに繋がるのか。
「説明がざっくりしすぎだよい…。エース、プリンキピアってのは、メルセデスが書いた本の名前だよい。」
「へー!メルセデス、本なんて書いてたのか!」
意外な一面である。だが当の本人は、困ったような嬉しいような、複雑な表情を浮かべながら、『書いたというかまとめた…?うん?』と一人悩んでいる。自分の本で悩んでどうする。
「持ってるけど、見てみるかよい?」
「おっ見る!」
「…は、おいマルコお前持ってるのかアレを!?」
「取ってくるよい。」
「待てマルコ聞いてないぞ…!?」