短編 | ナノ

海の底から夢見た太陽

「うーん、たしかにこの数値…おや?」

カルデア内でも最も奥まった場所にある管制室、青白い光に満たされた室内でカルデアスを観測していたダ・ヴィンチちゃんは、ふと視界に入った姿にあれ、と首を傾げる。

「メルセデスちゃん、どうしたんだい?今日は何も予定を入れてないはずだけど…?」

いつからいたのか、呆然と立ち尽くす姿にどうしたんだ、と不思議に思いながらそう声をかける。太陽を彷彿とさせる少女は、しかし今、この部屋の光のせいだろうか―少し青ざめているように見えた。

「ぁ、ダ・ヴィンチちゃん…?」

「?うん。」

どこか調子がおかしいように見えて、体調不良か、と尋ねる。するとメルセデスは慌てて何でもない、と首を振って、お邪魔しましたと叫ぶようにして出て行った。ほんと、どうしたんだろう?



まだ頭の中がぐるぐる回っているような、レイシフト特有の目眩に襲われながら、少女はカルデア内をかける。帰ってきた、私は帰ってきた。けれど、他のみんなは…?

「む?マスターではないか!どうしたのだ、そんなに走って?」

「ネロ!」

赤のドレスを翻し、フフンと胸を張る皇帝陛下を見つけた。セラフへのレイシフトのことを聞いてみても、首を傾げるばかり。

「せらふ…?」

「…聞き覚えはない?」

「むむむ…初めて聞いたぞ。」

「そっか…。」

彼女は覚えていない。いや、そういえばダ・ヴィンチちゃんも言っていた。セラフィックスはすでに放棄されている、と。



アーチャーも玉藻も覚えていなかった。アーチャーは海上油田、という言葉に少し眉をひそめていたが、それはここ数日のことではなく、彼が英霊になる前の記憶に引っかかったからであるという。

(誰も覚えていない、か…。それとも、あれはただの夢?)

メルセデスは一人、とぼとぼとカルデアの廊下を歩く。夢ならばそれでいい。これまで色々な特異点にレイシフトしてきたけれど、あそこまで絶望感に押し潰されそうになったことはない。すべて夢だったなら、何もなかったのなら、それに越したことはない。

「マスター?」

一人、あれは夢だと自分に言い聞かせるメルセデスを呼ぶ声。ぱっと顔を上げれば、青い瞳と目があった。そうだ、あれが夢ならば―

「っ、ガウェイン!」

衝動的に、メルセデスはガウェインの両手を掴み、上下にぶんぶんと揺さぶる。突然のマスターの行動にガウェインは目を丸くしながら、されるがままに突っ立っていた。

「ガウェイン…ガウェインだ…!」

「?はい。サーヴァント、ガウェイン、ここに。」

そうだ、セラフで起きたこと全てが夢ならば、彼が―ガウェインが殺されたという事実もない。セラフにレイシフトして早々、カルデアのサーヴァントと離れ離れになってしまったメルセデスを助け、支えてくれたセイバーのサーヴァント。彼が殺害されたと聞いたとき、メルセデスは目の前が真っ暗になった。手を差し伸べてくれる人がいなくなったことも辛かったけれど、それ以上に、ガウェインを喪ったという事実が心に刃を突き立てた。大切な人を失うなんて経験は、一度で十分だ。

「ガウェイン…はー、よかった…。」

なんだか久しぶりだね、と笑いかけると、朝に会いましたが、と首を傾げられた。そうだ、カルデアではまだ一日も経っていないんだ。

「いや、うん、そうかな?うんうん。」

「どうされたのです、マスター?」

先程から不思議なことを仰る、とガウェインが指摘する。変な夢を見たんだ、と正直に伝えれば、それだけでガウェインは納得したらしく、お疲れなのでは、と労りの言葉をマスターに掛けた。

「うん、確かにメンタルが疲れてる気がする!よぉし、ガウェイン、一緒にお茶でもしよう!」

「私でよろしければ、お供しましょう。」

甘いもの食べて元気になろう!と意気込むメルセデスを、楽しそうにガウェインは見守る。先程までは陰りが見えた表情も、今では太陽のように輝いている。そうだ、彼のマスターはこうでなくては。

しかし、そこに。

「お茶ですか?私もご一緒しても、良いですよね?センパイ?」

そんなはずはない、けれど聞こえた声にくるりと向き合えば、夢の中から悪魔がついてきていた。

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