短編 | ナノ

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毛玉が歩いている。
ピンク色のもふもふとしたどこか見覚えがある毛玉が、ディアマンテの目の前を歩いていた。

―いや。

よく見れば毛玉にはか細い腕が巻き付いているし、少しだけだが金髪に覆われた頭部も見える。毛玉ではなく、あの羽コート、つまりドフィのコートを抱えて子どもが歩いているのだ。
それもあれぐらいの背丈で、金髪といえば。

「なァにしてんだ、メルセデス?」

近寄って脇の下をすくい上げると、一瞬驚いたように足をばたつかせてから、その子ども―彼らのボスであるドフラミンゴの娘、メルセデスは、自分の足を宙に浮かせたものと目を合わせる。

「ディアマンテ。見ての通り、私は忘れ物を届けに行く最中です。」

「あー、ドフィの?」

「はい。」

こくこくと幼子が頷く。なるほど、健気なことにこの娘は父親の忘れ物を届けようとしているらしい。
しかしドフラミンゴの性格を鑑みるに、それは忘れているのではなく置いていったのではないか、とディアマンテは推測するのだが、それをこの娘に言うのは野暮というものだ。

なにせ、一生懸命その小さな手足を動かして、この寒い空気の中を歩いているのだから。

「そうか…ところで、ドフィがいるのはそっちじゃねえぞ。」

メルセデスを持ち上げたまま、くるりと反転する。こっちだぞ、と指摘してやれば、物分りのいい小娘はふむふむ、と頷く。

「分かりました。では行ってきますので、下ろしていただけますか?」

羽毛をきゅっと抱きしめたまま、メルセデスは振り返ってディアマンテに問う。丁寧な言葉遣いができる子どもに感心しつつも、ふとディアマンテの脳裏をある予感が過ぎった。

もし、ここで娘を一人にして迷子にでもなったら?
はたまた、冷えた道を歩き続けたことによって風邪でも引いたら?

多分、ドフィがブチ切れる。

気持ちはわからんでもない。特に、戦略面においてこの娘が非常に重要である、ということについては。だがそれ以上に―これはドフラミンゴという男の特性なのだろうが―家族を愛し、大切にするという点に引っかかるのだろう。幼子を1人でほっぽり出した挙句何らかの問題が起きたとなれば、いくら付き合いの長いディアマンテ相手でもドフラミンゴがどう出るかわからない。

つまり、今この小娘を離してはいけない。

「…いや、俺もちょうど行くところだ。連れて行ってやろうじゃねえか。」

そう、嘘をついた。
別にディアマンテは呼ばれてもいないし、行く用事もない―いや、今できたか。ともかくそう言えば、メルセデスは何の疑問も抱かずに了承した。そこで一度小娘を下ろしてから、再度抱え直す。角度を変えたので気づいたのだが、娘よりもドフィのコートのほうが明らかに体積が大きかった。




「ドフィ、お届け物だ。」

ドフィと…恐らくはトレーボルがいるであろう部屋をノックし、そう告げる。そしてドアを開けてメルセデスを下ろせば、小娘も元気な声でお届け物です!と言い張った。

「ン?随分可愛いお届け物だな?」

短い足で駆け寄ってきた娘を抱き上げて、ドフィがそんなふざけたことを言う。それは配達員だと告げると、あからさまに機嫌を損ねた顔をした。

「お届け物はこっちです!」

メルセデスが小さな手でドフィにコートを押し付ける。それを笑いながら受け取って、ドフィは羽織った。それから娘を抱え直し―あれ、離す気ないな。
メルセデスも父親の腹に背をもたれさせるような姿勢を取らされて気づいたようで、あれ、と首を傾げる。

「え、お父様、私もう戻ります。」

いそいそと座らされたソファから降りようとし、まあ待て、と後ろからドフィに引き戻されるメルセデス。戻ると主張する娘を閉じ込めるようにその腹の前で腕を交差させ、意地が悪そうに笑う。

「ちょうど話も一段落したところだ。疲れた父親をかまってくれ、メルセデス?」

―いや、トレーボルのへの字に曲がった口を見る限り話は一段落なんてしていない。しかし、そんなことには気づけないメルセデスは、仕方ないですね、と逃亡を諦めたようだった。

まあ、子ども好きのドフィの元に幼子、それも彼の娘を連れてきたらこうなることは予想していた。恐らく何らかの計画を立案中だったところを邪魔してしまったのは悪いが、今朝どころかここ連日ずっとこんな風に引きこもってああでもないこうでもないと頭を悩ませているんだ、少しぐらい遊んでもいいだろう。良いことをした。うんうん、とディアマンテは頷いた。

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