ヴィジュアル・エフェクト
丁寧に3度ノックして、入りますよ、と声をかけた娘に、これ幸いと一つお願いをする。
「ちょうどいい、メルセデス、そっから適当にカフリンクスを出してくれ。」
そこ、と言いつつ彼女のすぐ近くのクローゼットを指差す。久々に正装をしたところ、適当に引っ張り出したワイシャツが袖ボタンのないタイプだった。慣れないことはするもんじゃねえな、と面倒な用事に内心舌打ちしつつ、ドフラミンゴはネクタイを首に回す。
「は……え?」
だが娘は、何故か室内に一歩踏み出したまま硬直していた。
「メルセデス?」
何か不都合でもあったか、と娘に振り向くと、彼女は呆然としたように口を抑えていた。
「どうした?」
「あ、いえ、カフリンクスですね。」
尋ねると、はっとしたように目を見開き、次いで動揺を隠すかのように微笑む。いそいそとクローゼットに歩み寄り、取り出したカフリンクスをどうぞ、と手渡してくれる様子はいつもと変わりない。何だったんださっきのは。
渡されたのは金縁に青色のガラスを嵌め込んだものだった。落ち着いた色合い。娘はこういった礼儀を求められる場面に強い。
袖口を留めて、ジャケットを羽織れば完成だ。久々過ぎて重く感じる―いや、多分物理的にも重い。
「ハァ…めんどくせえ。」
思わず本音を零すと、珍しい格好をした父親を前にメルセデスが尋ねる。
「今日はどうされたんです?こんな…珍しい。」
率直に疑問をぶつけてから、フォローなのか本音なのかは知らないが、似合ってますよ、と付け加える。
「ドレスコードにうるせえやつに会いに行くからな。」
「なるほど。」
正直窮屈でたまらないのだが、そんな感情一つで相手の機嫌を損ねてはならないほどには重要な商談相手である。それにしても10数年前はほぼ毎日こんな服装をしていたのに、久々に着るとどうして後も違和感を覚えるのだろうか。
老化、という恐ろしい単語が脳裏をよぎる。いやいや、まだ早いだろう。
「しかし、懐かしいですね。」
昔を思い出します、とメルセデスがしみじみと呟く。お前もそう思うか、とドフラミンゴは娘を見る。
「思いますよ。久しぶりに見ましたから。…うん、やっぱり、お父様はいつでもかっこいいですね。」
手足が長いからよく似合いますね、と娘は一人で頷く。まあその長さのせいで被服費が馬鹿にならないのだが―ん?
「あっ。」
「メルセデス、お前今、」
何言った、と問いただす前に、いつになく頬を紅潮させた娘が頭を振って叫ぶ。
「なんでもないです!!」
「いや…」
―無理があるだろ、俺はちゃんと聞こえたぞ。
「なんでもないですから!はい!ではお父様、お仕事頑張ってくださいね!!」
それでは!と勢いのままに娘が部屋を飛び出す。その後すぐに、廊下の壁にぶつかる音が聞こえた。何してんだ。