不死人の優雅な休日
※これのハート版「んでよぉ、そんな思わせぶりな態度だったくせにな?その女ときたら…」
以前停泊した島で会ったという女性について、グチグチと未練たらしく話をするシャチに、ペンギンは黙って付き合っていた。
「『ごめんなさい、タイプじゃないの。』ってじゃあなんだよあの態度は!!」
怒り心頭、といった様子のシャチは両拳をテーブルに叩きつけ―そして勢い良く、その手に握られていたフォークがすっぽ抜けた。
「ァがッ」
「あ。」
そしてフォークは、まるで引き寄せられるかのようにその男―メルセデスの首に突き刺さった。
仰向けに倒れるメルセデス。うまいこと頸動脈に刺さったのだろう、噴水のように鮮やかな赤い血が宙を舞う。
ばたん、と大きな音を立てて、メルセデスが床に落ちた。
「…うわぁ。」
ここ一週間でも屈指の出血量に、血の匂いがきついのだろう、ベポが青い顔をする。一方、メルセデスと歓談していたであろう船長、トラファルガー・ローは平然と新鮮な死体に手を伸ばした。
すると途端に、"死体"が慌てたような声を上げる。
「おわわわ、抜くなって。」
「…何だ、回復が早えじゃねえか。」
不満そうに呟くロー。そんな彼の前で、ついさっき死んだばかりの男は首にフォークを突き刺したまま上半身を起こした。
「おい、シャチ!!頸動脈とかやめろよな!!」
出血多くてめんどくせえんだぞ!と、到底他人には理解できない理由を並べ立てて男は憤慨する。と同時に、逆再生された映像のように床に、壁にぶちまけられた彼の血液が体内に戻り入る。
相変わらず精神衛生上よろしくない光景だ。
「あーくっそ、よいしょっと。」
最後にフォークを抜けば元通り。ついさっきまで散々出血していた傷跡はもう見当たらなかった。
「返す。」
「洗えよ!」
投げ返されたフォークにシャチは文句をつけるが、メルセデスからしたら今日の死因を作ってくれた男にそこまで丁寧にしてやる義理はない。
「あー、今日も死んだ死んだ。」
まるで今日も元気!と言わんばかりのノリでそんなことを言う男を、ローは呆れ半分に眺めていた。
「相変わらず見事な死にっぷりだな。」
ここ一週間は確か、自室で何故か窒息死が2回、魚に当たったのが2回、普通に戦闘で死んだのが1回、朝起きたら冷たくなっていたのが1回、溺死1回だったはずだ。ありとあらゆる死に方の展覧会のような日常に、本人はともかくローをはじめとするクルーもすっかり慣れてしまった。
「できればもっと穏やかに死にたいなあ…」
今日のはきつかった、とメルセデスは溜息を吐く。ちなみにこれまでで最も凄惨だったのが潜水艦の機関室で死んだときのことで、その死に方は勿論、航行に多大な支障が出たので以来彼の機関室への立ち入りは禁止されている。
「この前の朝起きたら死んでたやつは最高だった。あれ超楽。」
「何だ、安楽死させてやろうか?」
楽に死にてー、などと零すメルセデスにそう提案すれば、一瞬目を輝かせたあとに、いや、と冷静な声を出した。
「薬代かかるからいいよ。」
―そこか、そこなのか。二人の会話を耳にしていたクルーは思わずつっこみかけた。多分、メルセデスは至って真面目に考えてそう発言している。
「仕方ないのさ、俺は永遠に死に続ける不死人…今日も元気に死ぬしかない。」
まるで己の人生を悲観する詩人のように語っているが、言ってる内容はこれである。元気に死ぬってなんだ。
「なら、首を刎ねてやろうか?」
一瞬で死ねるぞ、とローが笑う。が、メルセデスは首を横に振った。
「いや、首をくっつけるのは結構めんどくさい……。」
血管神経脊髄がまとまっている部位を再生するのは骨が折れる、文字通り。
「それは残念だ。」
本当に残念と思っているのか否かわからないような声音でローが言った。彼としては、切り落としたメルセデスの首をかの妖女サロメのように、銀盤に載せて眺めてみたかったのだが、それが叶うことはなさそうである。