短編 | ナノ

渚の女子会

「若様も過保護よねぇ。」

「はい?」

ぽつりとデリンジャーが零した言葉に、メルセデスはよく分からないという顔をした。一方、その言葉を耳にしたベビー5も数度頷いて肯定を示す。

「この島にはファミリーしかいないのに、一体何を警戒していらっしゃるのかしら。」

「半分は独占欲じゃない?」

「うーん、確かに。」

自分を真ん中に挟んで繰り広げられる謎の会話に、メルセデスは首を傾げる。話の中心が父親であるのでぜひとも加わりたいのだが、いかんせん主旨が見えない。

「あの…?」

「独占欲の強い男って嫌じゃない?」

「あら、私は好きよ。」

「そりゃあベビー5はそうでしょうけど…」

メルセデスは嫌いでしょ?とデリンジャーに話を振られて、どうやら自分の存在は認識されているという事実に安堵しつつも、ずっと抱いていた疑問を口にした。

「あの、どういうお話ですか、これ?」

しばしの沈黙が三人の間を流れる。

やがて、ベビー5が手に持っていた三人分飲み物を手近な―準備がいいことにパラソル付きの―テーブルに置いた。

「……やだもー、無自覚なの!?そうなのね!?」

「若様も若様だけど、メルセデスもメルセデスよね。あの父親にしてこの娘あり、というか、若様がそう育てたのか…」

ちょっとそこに、と促されるままに座り、ココナッツジュースを受け取る。強い日差しをパラソルで遮って、海風に吹かれながら飲む新鮮なジュース。最高のバカンスである。―この、よくわからない状況を除けば。
早く海に入りたいな、と思ってはいるものの、なぜだろう、口に出せる雰囲気ではない。ここで女子会が始まろうとしていた。

「いい、メルセデス?」

「は、はい。」

いつになく真剣な表情のベビー5にそう切り出され、戸惑いながら返事をする。

「貴方、若様に何をされたか分かってる?」

「え?」

何をされた、って何かされたっけ。
バカンスとはいえいつもとさほど変わりのない親子関係であると思うのだが、とメルセデスはここ数日の記憶を手繰る。

確かこの島に着いたのは昨日の夕暮れだった。荷物整理もほどほどに早々に始まった宴会で島中(と言っても小さな島だし滞在者はファミリーしかいない)大騒ぎ。ドフラミンゴも幹部たちと何やら話しながらどんどん酒瓶を空にしていた。メルセデスはそんな父親とちょくちょく話しつつも、基本はベビー5とデリンジャー、あとシュガーも交えて甘い物を食べまくっていた。ここには何も問題点はない…はず。
では今日か?今日はみんな朝が遅くて、早起きだったメルセデスは同じく起き出していたローと二人して、滞在しているカントリーハウスとその周辺を見にいっていた。なかなか広いものだから随分と時間を潰せたのだが…ここは問題ではないだろう。だって彼女たちは父親について話しているのだ。
そしてその後、お昼を食べて、大半が能力者であるファミリーの中で数少ない泳げる人間(?)であるデリンジャーとメルセデスが海に行こうと言って、ベビー5が着いてくるという話になって、水着に着替えていってきますをして…。
何か彼女たちの話の種になるようなことがあっただろうか?やっぱり心当たりのないメルセデスは首をひねった。

「…心当たりがないのね?」

「ほんとに無自覚だ……。」

そんなメルセデスを見て、デリンジャーとベビー5はそろって溜息を吐いた。

「うん、そうね。きっとあなた達はいつもそうだから今更気づけないのよ。」

仕方ないわ、とベビー5が諦めたように頷いた。

「で、結局何なんです?私とお父様が?」

「…あのね。」

メルセデスが尋ねると、まるで余命宣告のようにデリンジャーが重々しく口を開いた。

「それよ。」

ぴっと人差し指で指差す。その先に示されたのはメルセデス自身。だからそれが何なんですか、とメルセデスが言葉にする前に、横からベビー5が引っ張る。
メルセデスが羽織っている、ドフラミンゴのシャツを。

「…これ?」

「そう。」

「これがどうかしましたか?」

白地に赤で炎のような模様が描かれたシャツは、ドフラミンゴがつい先程まで袖を通していたものである。海に行くと言った娘に、海風は冷たいだろうということで、つまりご厚意でお貸しいただいたものである。流石に大きいので袖を折り返して着ているのだが、これがどうかしたのだろうか。

「彼シャツよね。」

「娘に悪い虫がつかないように、にしてもやりすぎよね。」

そもそも悪い虫なんていないでしょ、とベビー5が呟く。それを聞いて、デリンジャーがもしかして、とある予想を口にした。

「…もしかして、ローを警戒してるんじゃない?」

「いや、どうしてそうなるんです!?」

"彼シャツ"なる衝撃の単語にしばし呆気にとられていたメルセデスだが、慌てて否定に回る。このまま黙っているとあらぬ誤解を生みそうだ。

「だって、今朝メルセデスがローと散歩してたって聞いたときの若様、怖かったわ。」

「コラさんが真っ青になってたもんね。」

「え?そうでしたか?」

ね、と顔を見合わせるベビー5とデリンジャーに、そんなことがあったか、とメルセデスは首を傾げる。…なんだか、彼女たちと妙に会話が合わない気がする。

「そうよ。ちょうどメルセデスが席を外してたときだから、あなたは知らないでしょうけど…」

あなたとローが二人きりで散歩してた、って聞いただけで若様ったら黙り込んじゃって、怖かったんだから。とデリンジャーは言う。

「それでコラさんがどうにか場を繕おうとして燃えてたわ。」

「それはいつものことでしょう…。」

コラソンのドジはおいといて、そんなに父親の気に触ったのか、とメルセデスは申し訳なくなる。特に怒らせるつもりはなかったんだけれど。

「…まあでも、別にローがいなくたって若様はそうする気がするわ。」

「うーん、確かに。」

ベビー5の発言に、デリンジャーがうんうんと頷く。

「若様、メルセデスのこと大好きだものね。」

…やはり、果てしなく誤解を招いている気がする。

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