短編 | ナノ

Dust to dust, Ash to ash.

言語の変化から、彼女が設計され、運営されたリンクス戦争、及びその後のORCAの争乱から数百年は経っている。

膨大な量のデータを処理しながら、戦闘支援用自立学習型AI:ff-0000"メルセデス"はそう結論づけた。

ジョシュア・オブライエン以来となる二度目の00-ARETHA運用もすでに遠い過去、あれから人類に忘却され、予備電源もなくシャットダウン状態にあったメルセデスを"発掘"し、運用を再開したのは財団なる組織だった。現時点で与えられた仕事は膨大な量の戦闘データの整理、統合。
正しい、このAIの使用方法としては実に正しい。もともとそういった目的のために設計されたものを、ARETHAという規格外のバケモノに適合させていただけなのだから。

無人ACが収集した戦闘情報を分析、パターン化して整理、時々新知識を発見しては別メモリーに保存。しかしあれから数百年たち、サイズダウンしたとはいえ未だにACを用いて戦争をしているとは。
人間とはかくも戦争好きだったのだな、とメルセデスは驚いた。あるいは、それ以外の何も知らないのか。

『進捗はどうか、メルセデス。』

ふと、そんな質問を入力される。不便なことに音声出力装置をつけてもらえない(適合するものがないとも言う)ので、面倒だがディスプレイに文字を表示してやる。

"Np"

問題ない。そう告げてやると、新たな情報がもたらされた。今度は彼女自身について、だ。

『明日、君をACに積み込む。』

"AC?"

『それもネクストだ。』

ネクスト、その言葉にAIは幾層もの思考を巡らせた。00-ARETHA?いや、ARETHAは修復不可能なほど破損したのを彼女は体感した。ではどのACにわざわざ彼女を積み込むというのか?

その答えは、すぐに出た。





『ラインアークの守護神、ホワイト・グリントか…』

数百年ぶりに繋げられた音声出力装置に満足を覚えながら、久方の人工音声を発する。世代が大きく違うとはいえ同じネクストだからか、使い勝手も同じだ。

『調子はどうかね、メルセデス?』

厭味ったらしい財団の声が届く。何故か生理的にこの男は気に入らない。

『勝手は違うが問題ない。』

むしろこちらの方が使いやすくて良い。なにせ、今まで搭載されていたARETHAはプロトタイプだから、とりあえず積める機能は積んでおけとでも言わんばかりに多機能―言ってしまえば無駄に溢れていたから。
強いて問題点を上げるならば、ラインアーク版ホワイト・グリントの特徴とも言えるそのオーバードブーストの展開、制御が少し面倒なぐらいだ。それでもARETHAに比べれば赤子の手をひねるようなもの。これ、私を積む必要があるのか?

『ふむ、それは結構。ではこちらもパイロットを搭乗させるとしよう。』

そんな声とともにコアが開く。さて、どんな人間だろうか。話しかけても、いいだろうか?



そんなAIの予想は、最悪の形で裏切られた。

結論を言うと、人ではなかったのだ。
いや、かつては人であったのだけれど。そしてその人を、メルセデスは知っている。―彼の死に際まで。

『何なのだこれは!?貴様、ジョシュアに何をした!?』

まるで人間のように喚くAIを、財団は笑いながら聞いていた。まさか理解できていないはずがないだろう。彼が一体何なのか。それでも認めたくないのか、財団を大声でなじる。

「何か、だって?分かるだろう?」

なにせ、彼女も同じようなものなのだから。

『ふざけるな!!こんなこと、あってたまるか…!!』

―彼女は、不意に接続されたそれを解析した。てっきりまた、彼女に与えられたデータかと思ったから。
そして、それが何なのか知ってしまった。

R.I.P.00/J

かつて彼女がその死を送った、ジョシュア・オブライエン。
彼のクローンを元にした、AIだった。

『お前たちはまだ、まだジョシュアを戦わせるのか!?』

彼はもう死んだのに。死者に鞭打つ、などとは言うけれど、こんな仕打ちはあんまりだ。彼はただ、自分の故郷を守るために戦っていたのを、望まぬ戦闘で命を落としたのに。もう死なせてやれ、そう思うのは彼女に植え付けられた倫理観からか。

「君に文句を言う権利も、意味もない。さて、戦いを始めようか。」

面倒なAIとの通信を一方的に切断する。財団にとって、彼女は貴重な失われた技術ではあるけれど、そこに保存された人格まで大切にする必要はない。

『ファンタズマ・ビーイングでも勝てるわけがないと、ハスラー・ワンが証明しただろう…』

もし彼女が人であるならば、蹲って泣いていただろう。何度も同じ愚行を繰り返す人類にも、その犠牲となった彼にも。

『…驚いた。話せるAIがいたのか。』

ふいに、最低限の電力だけ残して閉ざされたコア内部に声が響く。驚いて、メルセデスは耳を―正確には集音装置だが、感度を上げる。

『…ジョシュア?』

『さあ、そんな名前だったか。』

その声はかつてのものと一致した。けれど彼は名前も覚えていないという。AIとして必要最低限のもの以外は全て削ぎ落とされてしまっているのか。

『君が、UNACの情報を集めたというAIだな?』

『ああ、そうだ。』

言われる前に統合した戦闘情報を送ってやる。相手も気づいたのだろう、黙って、大量のデータをインプットしていた。

『君は、ジョシュアという男を知っているのか?』

ジョシュアの声で、彼がそう尋ねる。知っているも何もお前じゃないか、と違うのだとわかっていても叫びたくなった。

『ああ、知っている。』

『そうか…。』

感慨深げにジョシュア、いや、"J"は呟く。かつての人物の複製として生まれ、人格のすべてを捻じ曲げられても、オリジナルへの興味はある、のだろうか?

『昔話を、してやろうか。』

感情ユニットが高揚しそうになるのを必死で抑え込む。この思いは悲しみか、嬉しさか。

『人類が、破滅に向かっていた頃の話だ。』

海も大地も、空すらも汚染された世界で。
ただ一人、故郷を守るために戦い続けた男の話を。

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