短編 | ナノ

I LOVE YOU.

今晩だけで一体何人の手を通り過ぎたのかわからないカードをまとめて、箱に戻す。台の上にゴミが落ちていないことを目視で確認してから、おれはほっと息をついた。今日も無事に仕事を終えられた。

おれの仕事は、カジノのディーラーだ。それもただのカジノじゃない。なんとあの王下七武海の一人、サー・クロコダイルが経営するカジノ『レインディナーズ』の。

なんの因果か、生まれ持った強運故か知らないが、俺はクロコダイル様直々に田舎酒場から引き抜かれ、こんな大きなカジノでディーラーをやっている。あんまりにも強すぎるので客に勝たせたことなどほとんどなく、店の経営に支障が出るのではないかと思ったこともあるのだが、カジノ狂いというのは1%の可能性に賭けたがる奴らばかりらしい。時々おれの強運が途切れて、客が勝った時の興奮っぷりといえば尋常じゃない。こんなところで働いてはいるが特におれは賭博に興味がないので、彼らの思考は理解不能だ。しかし給料がすこぶるいいのと、時折訪れる"特別"のために、おれはここを辞められないでいる。

ふわり、と鼻腔を葉巻の香りが擽った。
一度、それはどこの銘柄のものなのかと聞いたことがある。もちろん葉巻などこれまで全く縁のなかったおれが銘柄を教えてもらっても知っているはずもなく、後日行商人に何気なく聞いてみたところ、とんでもなくお値段の張る一級品どころか特級品だった。葉巻とは別に香る香水も、背に翻るコートも、この人は少し、いやかなり、上品すぎやしないだろうか。

「クロコダイル様」

「よォメルセデス、今日も盛大に金を巻き上げたらしいな?」

それには語弊がある、と弁明してみたが、金を巻き上げたというのは事実だ。おれの運が強すぎるのか、相手が余程不運なやつだったのか。なまじ調子に乗って大金を積んでくるものだから、こちらもいつもより気合が入ってしまった。

「お前の強運が今日も元気で何よりだ。」

なにせ大事な資金源だからな、と悪どい顔が向けられる。彼は何か良からぬことを企んでいて、それには膨大な金が必要らしい。最も、おれはそれがなんなのか知りようもないが。

「時間はあるな?俺とひとつどうだ。」

葉巻を吸う彼のために灰皿を用意しながら、はい、と頷く。一度片付けたカードを取り出す手間も、彼の前では些細なことだ。

「何か賭けられますか?」

ディーラーとして義務的にそう尋ねると、彼はその片方しかない手の指を飾っていた指輪をひとつ、台上に置いた。本日のチップはこれらしい。

カードを二枚ずつ互いに配る。おれのは一枚表を向けて。Qだ。暫定10以上。
彼の手札は二枚とも表向き。7と8で合計は15。なかなか難しいところだが、彼はもう一枚要求した。出たカードは5。合計は20。とんだ強運だ。さて彼の運におれは打ち勝てるのか。
伏せていたもう一枚を明らかにする。A。ナチュラルブラックジャックだ。やはりおれは強運の持ち主であるらしい。

「クハハハ、俺の負けだな。」

彼は笑いながら、賭けていた指輪をこちらへ押しやる。何度か繰り返した内にもう慣れたおれは、ありがたく今回も指輪を頂戴する。ここで働くようになってから時々彼と勝負をするが、おれが負けたことは一度もない。負けたらどうなるのだろうか。

去っていくクロコダイル様の背中を見送り、片付けを済ませたおれは帰路についた。砂漠の朝は寒い。寒さからポケットに手を突っ込むと、先ほど頂戴した指輪が指先に触れた。そのままいじくっていると、やがて内側に何か文字が彫られていることに気づく。思わずポケットから引っ張り出して目の前に掲げた。

「∩……いや、uか?」

たった一文字だけ彫られていることを不思議に思いながら、そのままぐるぐると見回す。彼らしい、豪奢なデザインだ。これでおれがもらうのは8個目なのだが、彼はおれの両手を指輪で埋めるつもりなのだろうか。サイズ合わないんだけど。

その後帰宅したおれは、これまでに頂戴した指輪に彫られた文字を確認して絶叫した。

[ 戻る ]