Fall in with you.
「明日、この機体で出る。」
そのための準備だ。そう言って、ジョシュアは各種機器の動作を確かめる。
「このARETHAで?正気か?…死ぬぞ?」
ジョシュア一人が乗り込んだコックピット内に、若い女性の声が響く。無論、外部からのものではない。彼女は識別番号ff-0000、通称メルセデス。そのままでは搭乗者を殺しかねないプロトタイプネクスト、00-ARETHAに搭載された戦闘支援用自立学習型AIである。初めてこのARETHAに乗り込んだときは、知りもしなかったAIに驚かされたものだが、今ではもはや慣れ親しみ、友人のようにすらジョシュアは感じていた。無機質なアスピナの研究者たちよりも、AIの彼女のほうがずっと人らしかったからだ。
「まさか、お前ほどのリンクスを使い潰さねばならない危機なのか、今は?」
思考するメルセデス。そうだ、ジョシュアにはホワイト・グリントがある。あの白い閃光。しかし、極めて高いAMS適正を有するジョシュアが、その慣れ親しんだ機体を捨て、高負荷高出力、搭乗すれば命の保証はないARETHAにわざわざ乗って赴く戦いとは―
「察しが良いな。」
さすがは人工知能。微かな違和感から何かを嗅ぎつけたらしい。明日のために出力設定を行いながら、ジョシュアは内心褒め称えた。
明日、ジョシュアは死にに行くのだ。死地に行くのだ。生ある大地に悪意を撒いて、知己の想い人を殺しに行く。搭乗するは00-ARETHA。高性能の片道切符だ。
わざわざジョシュアを名指しで指名したオーメルの思惑は、アナトリアの傭兵とジョシュアが共倒れになること。終息を迎えつつあるリンクス戦争において、圧倒的な力を見せたイレギュラー二人をまとめて始末したい、と言ったところだろう。
メルセデスも察しが付いたのだろう、呻くような声のあとに、まるで経験したかのように零す。
「傭兵とは、理不尽なものだな。」
都合良く使われ、都合が悪くなれば捨てられる。今、まさにジョシュアが置かれいる状況がそれだ。
「仕方ない。そういうものだろう。」
メインカメラを起動する。眼下に、用意されたコジマキャノンが見えた。あんなものを使えば、どれほどの汚染が引き起こされるのだろうか。
「理不尽な死、か。…だが、お前は勝とうが負けようが死ぬぞ。」
「ああ。」
00-ARETHAはプロトタイプである故か、普及している最新のネクストに比べ、動作が非常に煩雑かつ繊細である。そのためには高いAMSが必要であるが、その高いAMS故に機体の損傷がダイレクトに搭乗者に伝わる。これでもまだマシになった方らしく、メルセデスが開発されるまではAMSを繋いだ時点で廃人確定であったらしい。メルセデスが、膨大な量の情報を処理しているからこそ、辛うじて人が扱える兵器となっている―生きて帰れるかは別として。
「相手はあの男だ。こちらも全力で向かわねば容易く屠られるだろう…。そうなれば、たとえ勝とうと私は死ぬな。」
アナトリアの傭兵、彼の強さは知っている。当然、こちらが無傷で済むはずもない。機体の損傷はジョシュアに跳ね返り、戦闘が長引けば長引くほど機体から返ってくる情報はジョシュアの神経を焼くだろう。それでも、行かなければならない。拒否権など、はじめからない。
「もし私が死んだら、君は死ぬのか、メルセデス?」
「お前が負けて、機体が破壊されたなら、可能性はあるな。」
可能性、と表現したのは、彼女はあくまでも搭載されているに過ぎないからか。いわば外付け。それもさほど大きなものではないから、回収が可能なのかもしれない。周囲はコジマ汚染地域となるが。
「なるほど、となれば私たちは一心同体だな。」
きっとジョシュアの最期は、孤独ではない。例えジョシュアが命尽きようとも、メルセデスが観測してくれるのだろう。好きに弄られた人生の最期が彼女の下にあるというのは、最後の救いであるように思えた。
「負けてくれるなよ。」
「ああ、努めよう。」
だが保証はない。戦場とはそういうものだ。
「だがもし、勝ったとしても、私が死んだら―」
死んだら、どうしようか。死んでまでアスピナに戻ってやる義理はない。かといって己の故郷に、ネクストで帰るわけにも行かない。
どこか、誰にも見つからないような。
「遠くへ…遠くへ飛んでくれないか。」
「…曖昧だな。だが分かった、承ろう。」
その返答に、ジョシュアは安堵した。良かった、これでもう、何も残したものはない。