猫の子子猫、獅子の子子獅子
女の美しさを花に喩えたくなる詩人の気持ちはよくわかる。その匂い立つような色香であるとか、凛とした佇まいは確かに花と称えるにふさわしい。だがそれが己の娘にも適用できるか、と尋ねられれば、ドフラミンゴは否と言うだろう。彼の愛娘、メルセデスは親の贔屓目抜きに美少女であるし、古い王家の血を継ぐものとしてそれなりの礼儀作法を叩き込まれ、立ち居振る舞いはなかなか見事なものだ。しかし花と呼ぶにはいささか―気性が激しすぎる。
『役立たずの穀潰し』、と彼女は形容した。
「こちらの仕事に差し障りが出るので消しました。何か不都合でもありましたか?」
父親に咎められたことに少し怯えつも、自分は正しいのだ、という自信を保つその姿はなかなかに美しい。だがこの娘は、その姿で、容姿から想定できる美しい声で、さらりと恐ろしいことを述べている。人を殺した、と。
「遠回しに止めろとは言ったんですが…」
「止めなかった、か。」
「はい。」
―なんでも、この可愛らしい娘は、配下に加わってからさほど日も浅くない傘下の海賊を、血祭りに上げたという。訳を聞けば、どうやらドフラミンゴに隠れてこそこそ何かやっていたようで、それに気づいたメルセデスが彼らを咎めたが、やめる気配がなかったため物理的にやめていただいた、と。
筋は通っている。むしろ、長い目で見ればドフラミンゴに害をなしたかもしれない案件を―手段はともかく早急に解決したというのは褒められるべきだろう。
「そういうことなら構わねェが…あまり大事にはするなよ?」
「はい、気をつけます。」
素直に頷いた娘の姿に、ドフラミンゴは満足げに笑った。思えばこの感情の激しさは、ドフラミンゴに似たのかもしれない。彼自身、自分が二面性を持つ人間であることを理解しているが、娘はそれをさらに極端にしたような、いわばピンとキリしかないようなはっきりとした二面性の持ち主である。ちなみにその二面は親子揃って、基準すらも同じで、親しい者には慈愛溢れる優しい人間、そうでない相手には―冷酷非情。やはり親子とはどこか共通点があるものなのか。
しかし。
「ネコ科の猛獣かなんかだな…」
この手を下す早さといい、的確さといい。迅速正確に人の命を奪い去った娘を花と呼ぶには無理がありすぎる。花などではなく、動物か何かのほうが的確だし、その中でもこの素早さと狡猾さは虎とか、豹とか、そういう系統を感じる。
「ねこ?」
メルセデスは疑問を表すように首を傾げる。実に可愛らしい仕草だが、彼女はまごうことなき殺人者である。
「お前を喩えるなら、虎かなんかだなァ。」
「虎…ですか。」
それもサーベルタイガーか何かだな。攻撃力の高そうな。
そう付け加えると、娘は困ったように笑いながら疑問を呈する。
「お父様は一体娘をなんだと思っていらっしゃるのです?」
何、と問われば、ドフラミンゴのもつ最強の矛にして盾、加えて可愛い娘。そう答えると、メルセデスは確かに、と頷く。
「それはまあ、私自身認めますけど、こう、年頃の娘に虎というのはなんですか。もうちょっといい例えはないですか?」
なるほど、そこを気にしていたらしい。自分でいうのはどうかとは思うが、たしかに年頃の娘を虎などというのは―まあ、間違っている気はしないが、あまり気の良いものではないのだろう。
ならばやはり花か?きれいな花には棘がある、とも言うし―この娘は棘で人1人ぐらい殺しそうだが。
もしくはもっと酷い―花、ああ、一つ心当たりがある。
「リコリス、だな。」
我ながらぴったりではないだろうか。あの鮮烈な赤はメルセデスの激情を思い起こさせるし、すっくと立ち上がったあの姿、あの堂々たる様は娘に近い。美しい花であるし、メルセデスを形容するには実にふさわしい。
「それって毒草じゃないですか…」
しかし娘は察したらしく、呆れ半分にそう呟いた。確かリコリスは、経口摂取で中毒症状を起こし、最悪の場合は死ぬ。綺麗な花には棘どころか毒があったのだ。
「いいじゃねえか、ぴったりだ。」
「悲しいことに否定できません…」
悔しそうにメルセデスが唇を歪める。ちらりと除いた犬歯が鋭いのを見て、やはりサーベルタイガー…とドフラミンゴは内心呟いた。