微笑む聖娼
問い詰めれば、オペレーターと喧嘩したのだと自供した。
「で?衝動的に部屋を飛び出してどこへ行くつもりだったと?」
「……まあカフェテリアで一晩過ごすかなーって。」
一晩も経てばセレンさんのお怒りも収まるでしょ、と少年は楽観的に言うが、問題はそこではない。
「大丈夫だと思っているのか?」
そう少し怒気を滲ませて言えば、少年はきょとんとした表情でこちらを見た。なるほど、理解できていないらしい。
「大丈夫、とは?」
「…カラードとてまともな人間ばかりではない。」
直接的な表現を避けた言葉を選べば、少年は目を泳がせる。どうやら彼にも心当たりはあるらしい。
「…なるほど。」
一体彼が何を思い浮かべたのかは知らないが、納得したように頷いた。しかし、でもさ、と顔を曇らせる。
「怒ったセレンのとこに戻りたくはないなぁ……怖いし。」
…まあ、その気持ちはわからんでもない。彼のオペレーター、セレン·ヘイズ。聞くところによればなんとオリジナルのリンクスであるらしい。それなりの戦闘技術と、併せ持った苛烈な性格はこの少年にとっては畏怖すべきものなのだろう。
―ならば、彼はどうする?
ふと、邪な考えが首をもたげた。
「…私の部屋に来るか?」
そう提案すれば、驚いたのかメルセデスは噸狂な声を上げる。
「いやいや、流石にそれは、迷惑でしょ。」
「貴様一人増えたところで気になるものか。」
「や、え、ええ……うーん…」
少年の反論も容易く押さえつけると、メルセデスはうーん、と唸る。まだ悩む余地があるとは。
「それに貴様に見せたいと思っていたものがある。」
「うおおアリーヤ!!!会いたかったよおおおお!!!」
―ちょろい、と内心、オッツダルヴァはほくそ笑んだ。訝しむメルセデスをまあ来いと招き、彼の愛機でもあるアリーヤの電子カタログを見せてやればたやすく彼は狂喜した。ちょろい、ちょろすぎる。
「ふおおお…!!すげえ!!あっこれシュープリス!えっなんでオッツダルヴァこんなすごいの持ってるの!?」
興奮気味に電子カタログを抱えて人のベットに飛び込むメルセデスに、私はレイレナード出身だ、と教えてやる。本人は納得したようで、なるほどなあ、と呟いて視線を戻した。
「んんんやっぱかっこいいなあアリーヤ……この複眼………」
陶酔した視線をアリーヤに送り、何度も画像を指で撫で回す。時折画像を拡大、縮小して、そのたびに一人で叫んでいた。彼の興奮を表すように、ショートパンツから伸びたほっそりとした足がパタパタと揺れる。"カラードとてまともな人間ばかりではない"、そうは言ったものの、目の前の少年もなかなかまともではなかった。
ふおお、だのうぎゃあ、だの一人で喚く少年の姿を、オッツダルヴァは観察する。戦場に置いてはおおよそ理想とも言えるほど任務に従順かつどんな状況にも適応できる優秀な傭兵、だがこうして過ごしている姿はごくごく普通の少年―強いて言えば少し成長不良気味―に過ぎない。控えめに言って弱そう。オッツダルヴァが今夜の彼の行動を危険視したのも、半分は自分のためとはいえ、もう半分は彼のためである。どう見ても筋力のなさそうな彼が無防備に深夜のカラード内をうろついていたら一体どんな目に合うか―
「ん、これ04-MARVEだ。」
…当の本人は実に暢気である。見慣れた武装を発見し、スペックを確認している。と、言うか、人のベッドに何の言葉もなく上がるというのはどうなんだ?危機感がないのか?
心を許してくれているというのは結構だが―ここまで意識されていないというのは少し悲しくなる。まあ、"オッツダルヴァ"として彼にどう接しているかを考えると仕方ないとも言えるのだが。
ふと、魔が差して、彼の足に触れてみる。
「ひゃっ!?」
どういう声だ。カタログを放り出し、慌てて振り向く少年に見えるようにふくらはぎを押してやると、痛みが走ったのかぐえ、とまたおかしな声を上げる。
「ちょ、オッツダルヴァ、なに?」
「気にするな。」
「無理言うな…ひっ!?」
今度は太腿を撫でてやると、流石にどういう意図が含まれているのか気づいたようで、恐る恐るオッツダルヴァを見上げる。
「あのさ…おれはね、今、これ読んでるんだけど。」
「そうか。」
「いやいや"そうか"じゃないよ、配慮ってもんはないの。」
「フン、知らんな。」
えええ、と叫ぶメルセデスを無視し、オッツダルヴァはか細い足を撫で回す。にしても、本当に細すぎではないだろうか。彼の栄養状況が気がかりである。
「…はあ、もう好きにしたら?」
そう、メルセデスは諦めたように零し、再び手元にカタログを引き寄せる。…やはりこいつは危機感というものがないのか?
なら好きにさせてもらう、そう返事をしてメルセデスのショートパンツに手を突っ込むと、メルセデスは絶叫した。