短編 | ナノ

父娘攻防

ふと手を頭の後ろにやると、少し伸びた髪が手のひらをくすぐった。

「あー…」

そのまま後頭部をかき乱す。そういえば前に切ってから大分経った気がする。少し首に垂れた毛が鬱陶しい。

切るか。

「おいメルセデス、明日辺りに床屋を呼んでくれ」

先ほどサインをよこせと書類を―水路の改修に関するものだった―を持ってきたメルセデスにそう言うと、メルセデスは肩を大きく震わせ、目を見開いてこちらを見た。

「えっ…切るんですか?」

そのつもりだが、なにか問題あるかと聞き返す。かつて拠点を置いていた北の海ならともかく、日差しが強く照りつけるここドレスローザで髪を伸ばしたままにしておくのは鬱陶しくてたまらない。
しかしそう返すと、娘は眉根を寄せた。悩んでいるような、悲しんでいるような、形容し難い表情をしている。

「…メルセデスはちょっと髪の長いお父様のほうが好きです。」

やがて重々しく口を開いたメルセデスは、とんだ爆弾発言をした。

―どういうことだ、それは。髪の短い俺は嫌いなのか?いや、"ほうが"ということはより好きだということであって、もともと俺のことは好きなのだろう。そうだ、当たり前だ。まさか俺の娘が、メルセデスが俺のことを嫌いになるわけがない。

いつになく動揺しつつ、ドフラミンゴは娘を見遣る。メルセデスは何かを訴えるような目で、じっと父親を見つめていた。視線が交わる。

しかし、いくら何でも切らないままは鬱陶しくて仕方ない。なにせ、ドレスローザは暑い。王宮の中に引きこもっていても、風が外の熱気を連れてくる。そんな環境で、娘の言葉があったとはいえ、髪を伸ばしたままにしておくのは―

メルセデスの目が、強く訴えかけてくる。

しばしの沈黙を破り、無音の攻防戦に白旗を上げたのはドフラミンゴだった。

「フフッ、仕方ねえ。可愛い娘のお願いとあらば聞いてやろうじゃねえか。」

ぱっと顔を明るくした娘に、ただし、と条件を突き付ける。無条件で降伏する訳にはいかない。これは、父親なりの妥協だ。

「一週間だけだ。一週間経ったら切る。」

「一週間?せめて二週間ぐらい…」

懲りない娘に拒否を示す。一度許すと、そのままズルズルと期間を引き伸ばされそうだ。そんなことをしたらそのうちロシナンテと同じくらいまで伸びてしまうかもしれない。

「うう…分かりました、一週間ですね。」

言質は取ったとばかりに復唱するメルセデスに、ドフラミンゴは笑みを返した。そう言えば、こいつと初めて会ったとき、俺はこれくらいの髪の長さをしていたのかもしれない。

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