短編 | ナノ

泡沫の青

艦これ×OP

いよいよ海に入ろうというその背中に、どれぐらいで上がってくる?とローは声を掛けた。

「長くても、1時間。」

「そうか。」

行ってくる、と海に飛び込む背中を見送る。浮上航行中の潜水艦の周囲に船影はなく、天気も今のところ良好だ。ここ数日海軍に追われてずっと潜っていたのだから、気分転換のために1時間の潜水を認めてもいいだろう。顔には出さないが、いくら彼女とはいえ緊張を強いられる潜水生活は疲れたはずだ。

彼女―本人は伊33と名乗った―は不可解な存在である。人の形をしたフネ。理解し難い言葉だが本当にそうなのだから仕様がない。本人の言葉と照らし合わせるに、どうやらこことは違う世界で、戦うための存在であったらしい。事実、見たこともない技術を擁していた。何の因果か潜水中の彼女を見つけ、仲間に加えたのはもう3ヶ月も前の話だ。

「ねえ、」

「…なんだ?」

彼女が入っていった後もしばし海を眺めていたローの眼前に、再びかの少女が出現する。内心驚きつつも平静を保って要件を尋ねると、船と並走しながら少女は言った。

「船底がだいぶ汚れてる。どこかで落としたほうがいい。」

ちょっと直視できないぐらいだった、と少女は顔をしかめる。そういえばしばらく船を見てもらっていないな。この先に船のメンテナンスをしてくれそうな施設のある島はあったか、とローは思案を巡らせた。

「検討する。」

「うん。」

それじゃ、と少女は再び海に潜る。本人の申告によると100mまで潜航可能らしい。彼女の身体の小ささを考えると驚異的な能力といえるだろう。実際、その潜航能力は先程のような船のメンテナンスだけでなく、攻撃面でも役に立ってくれている。仲間に加えたのは正解だったな、とローは考えていた。

今日はさほど深く潜らないつもりか、時折その白い肌が水越しに見える。そのたびに少し深く潜って、また少し上がって。その間一切息継ぎはしない。―いらないのだ、そんなもの。彼女たちには必要ない。なにせ、彼女たちはフネなのだから―




一時間を少し越えて、ようやく海面に顔を出した彼女に縄梯子を垂らしてやる。頭を振って水気を軽く払ってから、少女は梯子を登り始めた。

「ふぅ、少し遅くなった…?」

「そうだな、2分オーバーだ。」

微々たる遅れだが、元軍属で時間に厳しい少女は顔を曇らせた。彼女にとっては5分前行動どころか10分前行動5分前集合が当たり前である。それが2分も時間超過。許し難いところであったのだろう。すぐさま指を追って反省を数えだす少女に、それは良いからさっさと艦内に戻れと伝える。いくらフネとはいえ、濡れた状態で海風に吹かれっぱなしでは風邪をひくだろう。

「もう潜水するの?」

「いや。」

しばらくは潜水しないつもりだ―とローが伝える前に、急報が齎された。

「キャプテーン!!海賊船が、後方に!」

艦内から走り出してきたシャチからそう報告を受け、ローははっと水平線を見やる。確かに、幾つかのドクロを掲げた帆船が見えた。しかも、ローの記憶が正しければあのジョリーロジャーは、いつかの島で対立した海賊団である。あまり良いことではないだろうな、とローは思案した。恐らくペンギンが報告に来たのも、そのため。


「…沈める?」

様子を察した少女が、そっと物騒なことを言う。しかし彼女がその力を持つのも事実。どうすべきかしばしローは悩み、そして口を開いた。

「舵だけ狙うことは、できるか?」

沈めると大事になり、こちらの居場所が海軍に察知されるかもしれない。それを避け、なおかつ彼らとの戦闘を避けるための一手。一点を狙って魚雷を撃つというのはなかなか難しい―だが、彼女は躊躇うことなく頷いてみせた。

「問題ない。」

「頼む。」

「任せて。」

もう一度大きく頷き、彼女は再び海の中へ潜る。それから程なくして、何かの破裂音が聞こえた。

「…相変わらずすごいっすね。」

慌てふためく敵船の様子を望遠鏡で観察していたペンギンが感嘆の声を漏らす。魚雷を狙い撃つ彼女も彼女だが、無航跡の魚雷なんてものを開発した奴らもなかなかだ、とかねがね思っている。



難なく敵船の行く足を止め、今度こそ海から上がった少女に、ローは感謝ついでにバスタオルを投げつけた。

「助かった、感謝する。」

「…どういたしまして。」

「ある程度拭けたらシャワーでも浴びてこい。」

風邪をひかれると面倒だ、と船長として半分、医者として半分の意見を述べる。それを耳にした彼女は、小さく笑ってそうだね、と呟いた。

[ 戻る ]