アイリス・インジケータ
ドフラミンゴが一つ足音を立てると、軽い足音が二つ、左隣から聞こえる。
こん、とんとん。こん、とんとん。異なる音が響いて、不思議なリズムを奏でた。
身長差だけで有に1mを超える上に、ドフラミンゴは大股で歩くし、メルセデスはスカートだからというのもあって、二人の歩幅は大きく違っていた。そんな、リズムを奏でるほどには。
「…辛くねえか?」
おそらく父親に合わせて少し早く歩いているであろう娘に尋ねる。すると娘は、首を傾けて、何がですか、と尋ね返した。
「脚。」
「あし?」
「歩幅だ。」
「歩幅…ああ、慣れてますから。」
確かに、と思わず頷く。この娘と一緒に歩くようになってもう10年を超えているのだ。心配するのが遅すぎたか。とはいえ親心としては隣をせっせと早歩きする娘は気になるもので、抱き上げてやろうか、と提案するも拒否された。本人曰く、そこまでの心配りはいりません。
「それにただ部屋から部屋への移動なのにそこまでする必要もありませんし。」
さあ行きますよ、と娘は足を運び、階段をなかなかの速さで上っていく。ちなみにドフラミンゴは2段飛ばしで上っていった。
「お前はどうしてそんなに小せえんだろうなあ…」
父親の俺は3m超えてるのに、とぼやく。
「私としては、むしろ何故お父様がそんな身長にまで育ったのかが不思議です。おおよそ普通の人間の身長じゃないですよ。」
「んなこと言ったらくまやモリアはどうなる。あいつら7m近いぞ。」
「くま様はともかく、モリア様は巨人族かその亜種じゃないかと睨んでます。」
「ああ…そうかもなァ。」
しかしハンコック様は身長高くて美人だからかっこいい、いや俺はあんな女は好きじゃない、そんな七武海身長談義を繰り広げながら、二人は目的の部屋の前までたどり着く。ドフラミンゴを筆頭として比較的―というよりかなり身長が高い人物が多いため、普通のものより幾分か高いところにあるドアノブを、やはり比較的身長の高い少女であるメルセデスは難なく開けていた。
「しかし私もたまーにお父様並みに3mの身長になってみたいなあとは思います。」
運んできた紙束を壁に設えられた棚に分類しながら、メルセデスはそう零した。
「肩車でもしてやろうか?」
「お父様、考えてください。肩車だとお父様の身長に私の上半身の高さが加算されるんですよ。4m近いじゃないですか。私は3mがいいんです。」
「細かくねえか。」
いつになく饒舌に親の親切心を断る娘に、ドフラミンゴは思わず突っ込んだ。一体そこになんのこだわりがある。
「3mがいいんです。」
「おう。」
「あ、でも正確に言えば3m5cmで。」
「…ん?」
突如として提示された具体的な数値。それは、気のせいでなければドフラミンゴの正確な身長だが。
「理由は?」
「お父様と同じ身長でお父様と真正面から向き合ってみたいんです。」
1m以上下から、娘はこちらを見上げてそう言った。予想打にしなかった言葉に、思わずドフラミンゴは呆ける。今ドフラミンゴが手を伸ばしたならば娘の頭に容易く触れられるが、娘はドフラミンゴのせいぜい鎖骨ぐらいがいいところだ。
「しかし私の身長はご覧の通り…!3mなど夢のまた夢…!」
せめて2mまでは行かないでしょうか、と娘は唸る。そんな姿を見て、ドフラミンゴは無造作に娘の頭を撫でた。
「あっやめてください縮みます。」
「フッフッフ!高望みすんじゃねえ。お前はそれぐらいでいいさ。」
少し力を込めて頭を抑えれば、縮む!と娘が悲鳴を上げた。今でも十分に背は高い方なのだが、周囲が高身長ばかりなせいかまさしくもって高望みである。
「でも正面からお父様の顔を見てみたいんです…」
「…俺がしゃがめばいいんじゃねえのか?」
「それは違います!!私が立った状態で、正面から!」
「そんなに見るもんでもねえぞ。」
やたら自分と向き合うことを求める娘をそう諌めれば、真剣な声音で娘は言った。
「持ちうるものはその価値を知らないものですよ。」
何だその真剣さは。
じゃあ脚立でも使えばいいんじゃねえか、と提案すると、メルセデスはその手があったか…!と目を輝かせた。今の今まで思いつかなかったらしい。
「ちょっと取ってきますね。」
「今からか?」
「今からです!」
善は急げとばかりに娘は踵を返す。その背に、ドフラミンゴは一番の疑問を投げかけた。
「なんでそこまでして俺の顔が見たいんだ?」
するとメルセデスは、ドアに手をかけたまま振り返って言った。
「その高さで、お父様の瞳に映る世界が見たいんです。」
では取ってきます!と勢い良く外に出た娘の後ろ姿を見送り、それはサングラスを取らないといけないのでは?とドフラミンゴは思案した。