短編 | ナノ

ショータイム

※テゾーロさんの口調が迷子


海賊がカジノホールに立てこもった、という情報は、電伝虫越しの相手にも聞こえたらしい。

「…だそうだ。さて、どうしてくれるんだ?」

『フッフッフ…!まァそう焦るな。俺の優秀な子猫チャンがそろそろそっちに着く頃合いだ。』

裏切りを許さないことを信条とするこの男の組織から出た裏切り者が、よりによってこの船に逃げ込んでくるとは。
今日は運がないな、そう確信しつつ、電伝虫越しの男に声を投げかける。

「当然、弁償はしてくれるんだな?」

『あァ、勿論。だがな、ひとついいことを教えてやろう。』

―うちの子猫チャンの戦い方は、それはそれは美しい。




カジノホールの閉ざされた扉の前に、一人の少女が立っているのを映像電伝虫が映し出す。

背に流れる金髪は、父親のそれよりも色が薄い。

腰骨の上に乗せるようにして帯びていた剣を抜き放ち、片手で構える。

一呼吸置いて、扉の蝶番が正確に切断された。




たんっ、と軽い音を立てて無骨なアーミーブーツが床を滑る。ホールに侵入し、対象を目にとらえた途端、少女は得物を迷わず投擲した。

「戦い方も知らねえ小娘を差し向けるとは、俺らも舐められたもんだなァ!!」

早々に得物を手放した少女の姿を見て、リーダー格らしき男が周囲を鼓舞するように叫ぶ。特に少女は意に介していないようだが。

少女の手を離れた剣は彼女の進行方向と鏡写しに直進した。不思議なことに、人にあたってもその速度は落ちず、むしろ邪魔をするように進路上にいた者は全て切り裂かれていた。

その剣の持ち主である少女は、まずはじめに会敵した相手に正確に蹴りを食らわせて昏倒させ、その手から銃を奪う。
そのまま次に会敵した相手に発砲し、また武器を奪う。その繰り返し。
手にする武器は銃であったかと思えばレイピアになり、バルディッシュになり、刀になった。
どの武器を手にしても、確実に相手に当てる。間合いも重さも関係ないのだろう。

おそらく型から入ったのであろう戦い方は、戦闘というより演武に近かった。
流れるように、少女の細い手が海賊どもの合間を滑る。攻撃、簒奪、攻撃。海賊共が手に手に武器を持って少女を囲む限り、彼女の武器が尽きることはない。

カジノホールに立っている人間が目に見えて減った頃、ようやく少女の手に投擲した剣が戻ってきた。
その柄を振り抜いてリーダーの周囲を固めていた巨漢を容赦なく殴り倒す。ついでに蹴りのおまけ付きだ。

「ま、待ってくれ!!」

最初の余裕はどこへやら、周囲の味方が皆少女に倒さるやいなや男は逃げ腰になる。

「待ってくれ、頼む、命は助けてくれ!裏切ったことは悪かったと思ってる!奴隷にしてもいい、だから命だけは!!」

プライドも何もかもを捨てての見事な命乞いだ。奴隷になってもいいとまで言い出した。

吐き気がした。

その言葉を聞き届け、少女が剣を鞘に納める。それを見た男が一瞬安心した顔を見せたが、次の少女の行動を見て、すぐに顔を青ざめさせた。

彼女の手には精緻な彫刻の施された銃。

「あなたを生かすかどうかは私が決めることではありません。それはお父様が決めることです。―そして、お父様は私に鉛玉をお貸しになられました。この意味がお分かりですね?」

白い指が撃鉄を起こす。

怯える哀れな子羊に、鉛玉の洗礼が降り注いだ。






「これはこれは見事なものだ。楽しませてもらったよ。」

手を叩き、笑顔を浮かべながらカジノホールに降り立つ。
裏切り者の死を確認していたらしき少女が、立ち上がって誰か、という視線を投げかけた。

「私はこのグラン・テゾーロのオーナー、ギルド・テゾーロだ。君の父上とは懇意にさせてもらっている。」

名乗れば、少女も合点がいったのか、服のほこりを叩いて身なりを整えてから足を引き、スカートをつまんで前面を見せるようなお辞儀をする。上流階級特有のカーテシー。随分な教育を受けているようだ。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴの娘、メルセデスです。今回はご迷惑をおかけいたしました。」

居直った立ち姿はなるほど、見事なものだ。一国の王族であるだけのことはある。

「いや、こちらも楽しませてもらった。なかなか良いショーだったよ。」

船内各地で中継されたであろう先程の戦闘は、カジノを奪われた中毒者たちを大いに満たしただろう。

「さて、レディ。今日はもう遅い。ぜひとも我がグラン・テゾーロ内のホテルに泊まっていかれてはいかがか?私としてもぜひともあなたをもてなしたいのだが。」

あわよくば父親の弱点を握ってやろう、と腹の中で考えつつ、できるだけ紳士的に誘ったが、少女には響かないようだった。

「国の仕事が溜まっていますので、ありがたいお申し出ですが今回は遠慮させていただきます。」

くるり、と少女は踵を返すと歩きだした。我を通すところは父親そっくりだ。

[ 戻る ]