惜しみなく与う、
「『愛してる』ってなんでしょうか?」
頬杖をつき、分厚い本を読みながら娘はそう言った。
「いきなりどうした?」
おおよそこの娘らしくない―年頃を考えれば普通なのだが彼女は一般化できない―発言に、父親であり話し相手であるドフラミンゴは極めて冷静に尋ねた。
「先ほどのベビちゃんの発言を思い出していました。」
ベビちゃん、ベビー5のことだ。先ほどというのは例によってベビー5の婚約者をドフラミンゴが吹き飛ばしたことか。ちなみに今回も詐欺師で、気づいたのは目の前の娘だった。
確かあの時、ベビー5は目に涙を浮かべてドフラミンゴにこう言ったのだ。
『私の愛した男をっ…!』
「好きってことですか?」
見れば娘が手繰っていたのは辞書だった。わざわざ『愛』という言葉について調べたようだが、それは所詮定義された言葉でしかない。
「あー…まあ、そうか?」
「でも私、ベビちゃんに『愛してる』って言われたことありません。」
好きとは言われたことありますよ、付け加える。なるほど、ある程度、雰囲気程度には掴んでいるようだ。だが人生経験の乏しさ故か、確固たる基準を持てないらしい。
愛、愛なあ、とドフラミンゴはらしくもなく考え込む。恐らくベビー5が言ったのは恋愛的な意味での愛だろう。彼女がまともな恋愛をできているかは別として。
ベビー5の恋愛対象でないメルセデスに『愛してる』などと言わないのは当然なのだが、そもそも恋愛なぞ知らぬメルセデスには全く理解できないのだろう。
もっと別の、親愛という意味ならばメルセデスはベビー5から愛されてると言えるし、もちろん父親であるドフラミンゴも愛している、のだが。
うーん、とドフラミンゴは頭を悩ませる。ドフラミンゴはまともではない生まれ育ちであるので、『愛』なんてそんなもの欲したこともないし知ろうとしたこともない。それを今更言葉にして、しかも説明などとは。
「そうだなァ…」
ドフラミンゴは娘を愛しているし、娘から愛されているという自覚もあるけれど、それは何に起因する?血縁?まさか。もちろん利があるから、なんてはずもない。利益を考えだしたらそれはもう愛ではない……ああ、そうか。
「何の代償も求めずに、相手に何かしてやりたいと思うこと、じゃねェのか?」
ドフラミンゴは娘の願いはできる範囲で叶えてやりたいと思うし、そのためならどんな手段も使うだろう。だが、それは何か見返りを求めてのことではない。まあ、この娘の性格を考えれば"何かお礼を"とか言い出しそうではあるが。それを断りはしないが、はなから求めているわけでもない。うん、そうだ。
そして、あの尽くしたがりのベビー5の"愛する"というのも同じことだろう。彼女の場合より苛烈に―いっそ鬱陶しいと思うほどには尽くしてきそうではあるが。
「なるほど?」
メルセデスは未だ釈然といかない、という顔で頷く。
「でも、それだったらベビちゃんは私のこと愛してくれていないんでしょうか?」
どうしてそこを気にするんだ、とドフラミンゴは思わず呻く。どうしてもベビー5に愛されたいのか?
「…聞いてみたらどうだ?」
多分、直接聞けばベビー5とて親愛という意味においてメルセデスを愛していると答えるだろう。
「確かに。今度聞いてみますね。」
―ん?今じゃないのか。
「ところで。」
微かな違和感を覚えたドフラミンゴに、メルセデスは真摯な眼差しを向けて尋ねる。
「お父様は、私のこと愛してます?」
「!…フッフッフ、そう来たか。」
姉同然のベビー5のみならず、父親に愛されているかも気になるらしい。かわいいやつめ、とドフラミンゴは思わず口元を緩ませる。
「娘を愛してない父親なんざ父親じゃねェよ。フッフッフ!」