短編 | ナノ

人魚姫がナイフを持ったら

※ローがファミリーにいるif

鮮明に目に焼き付いた光景がある。
当時、幼かったからというのもあって、ドフラミンゴは滅多に娘を離さなかったので、あの2人は大概いつも一緒にいたのだが。
ある日、ドフラミンゴは自分の足の間に娘を座らせて、すでに伸ばされていたその金髪を櫛で梳いていたのだ。
親子としてはありふれた光景、ローもかつて妹が母親にされているのを見たことがあったけれど。
凶暴、残虐という言葉が似合うような男、ドフラミンゴが、娘の細くて柔らかい髪を傷ませないように慎重に櫛を通していて、それを甘受するメルセデスは心地良いのか双眸を閉じかけていて。
何か、雷に打たれたような気分だった。自分が既に失ったものを目の当たりにしたせいか、はたまた意外なドフラミンゴの一面を見たせいか。いつまで経っても、あの日垣間見た景色が忘れられなかった。




「あ。」

その金髪の少女は、自らの手で梳っていた己の髪に何かを発見したらしい。

「どうした。」

「枝毛…」

あぁ、と落胆の声とともにメルセデスが髪を一房持ち上げる。そこに枝毛が含まれているらしい。特に髪などにこだわらない(それに毛先が見えるほど長くもない)ローにはわからぬ話であったが。
しかしメルセデスは、背の中ほどまでその髪を伸ばしているのだから痛むのも当然だろう。それに彼女は潮風に当たることも多いし、何なら血と硝煙にその身を晒すこともある。ここまで綺麗に髪を伸ばせているのはなかなかのことだ。

「そろそろ切ればいいんじゃないか?」

「そうですね…毛先を5cmほど…」

5cmかよ、とローは内心で突っ込んだ。その長さで5cmも切ったところで誰も気づくまい。

「もっと切ればどうだ。肩に付かないくらい。」

「それはちょっと。」

肩の前で梳いていた髪を背に流し、メルセデスは口を尖らせる。

「私は長い髪がいいんです。」

抜けた髪が、きらきらと光りながらメルセデスの膝に落ちる。それを彼女は拾って、用意していた屑籠に落とした。

「何故?」

てっきり父親か周囲の圧力で髪を伸ばしているのかと思ったが、本人の意志であるのか。短くても似合うだろうに、とローには似合わないと言われそうな感想を抱きつつ尋ねる。

「長いほうが何かと便利でしょう。髪を売って、姉妹を取り戻すナイフを手に入れたり、ね。」

昔聞いた童話を引用する姿に、茶化されたのか、とローは眉をひそめた。

「人魚姫の姉妹か、お前は。」

「姉妹いませんけどね。」

にしてもローくんが人魚姫のお伽話を知っているとは思いませんでした、とメルセデスは呟く。それも、似合わないからだろうか。

「知ってるも何も、小さいとき、それを読み聞かせたのは俺だ。」

覚えてないのか、と事実を告げると、メルセデスは本当に覚えていなかったらしく頓狂な声を上げた。

「そうでしたっけ?」

「そうだよ…お前やベビー5が何回も読めって言うから俺は何度も何度も…」

「そ、そうでしたか…」

苦労をにじませるローに、メルセデスは謝罪半分に相槌を打つ。なぜだろう、話の内容は覚えているのにローが読んでくれたことは覚えていない。

「しかしまあ、メルセデスみたいな人魚姫なら死なずに済むだろうな。」

嫌味半分にそう言う。もう半分は率直な感想だ。まず王子に惚れて陸に上がったりはしなさそうである。
だが、メルセデスは斜め上を駆け抜ける回答を返した。

「それは自分でも思いますよ。私が人魚姫ならまず王子様の目の前で新婦を殺してから王子も殺して私も死にます。」

あれ?死んじゃった、などとふざけたことを言うメルセデスに、ローは背筋が寒くなるのを感じた。こいつ全く笑わずに、一息で言った。目も据わっている。本気か。
童話とはいえさらりと死体を3つ作り上げるあたり、さすがというべきか。自分が死ぬのはいただけないが。

「天にあげてもらえねえぞ。」

「天?いやですねローくん、私は神様の愛なんていりませんよ。そんな偶像みたいな、都合の良い神様からの、なんてね。」

デウス・エクス・マキナは嫌いなんです。私の神様はそんなんじゃないもの。メルセデスは謳う。

―ならお前の神は、ドフラミンゴはお前をどう救う?
問い掛けようとして、ローははたと気づいた。―じゃあ王子は、人魚姫に愛され、そして裏切った王子は誰だ?

メルセデスは紅い双眸を細めた。

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