短編 | ナノ

ディストピアの極楽鳥花

その小娘を発見したのは、ほんの気まぐれによる偶然だった。

毎回無視を続けてきた七武海の定例会議だが、後ろ暗いところがある以上、流石にずっと無視し続けるのも良くないかと思い出席したのがまず第一の偶然だった。
そこに彼が蛇蝎のごとく嫌う長身の男―彼が言うところのフラミンゴ野郎―もまた、同じようなことを考えていたのか珍しく出席していたのが第二の偶然。

そして、くだらない会議のあとマリージョアを暇つぶしに歩いていたクロコダイルが、そこに辿り着いたのが第三の偶然だった。

そびえ立つ白亜の慰霊塔。周囲も整理され、玉砂利が敷き詰められていた。
ここが世界政府の本拠地であることを考えると、恐らく殉死した兵士たちを慰霊するためのものなのだろう。礼拝しやすいように塔に向かって短い階段が伸びていた。そしてその先の、祈りを捧げるであろう場に、クロコダイルは小さな人影を発見したのだ。

手に持った何かを供え、政府が用意しているのであろう花を少し整えて。場を整えてから、その人影は胸の前で手を組んだ。

珍しい、とクロコダイルはその風景を注視していた。この場に来たのも初めてであるが、ここでその人影のような―世界政府の存在であることを示すあの衣装をまとっていない存在を初めて見たのだ。ここにいるということは誰かの関係者なのだろうが。

人影―少女が組んでいた手を解く。暫し仰ぐように塔を見つめてから、来た道を戻るため振り返って―クロコダイルと目があった。

まるで覗いていたようだ、と今更クロコダイルは気づいたが、体裁が悪いので何も言わずにじっと身動きを止めていた。一方の少女は、クロコダイルの存在を確認して、驚いたような顔をして歩み寄る。

「サー・クロコダイル様ですか?」

「…アァ、そうだが。」

果たしてどこかで会ったことがあったか、とクロコダイルは記憶を掘り起こすが覚えがない。

「俺を知っているのか?」

「ええ。お父様から、よくお話を聞きます。」

「"お父様"?」

クロコダイルの見知った人物の娘だという、その少女をまじまじと見つめる。先ほど政府の慰霊塔に祈りを捧げていたのだから、政府の関係者で誰かの―クロコダイルが知っている誰かの―娘。
誰だ、とクロコダイルは思案する。政府の関係者、でクロコダイルが知っている、ならば海軍の三大将?ないな。この少女とは似ても似つかない。では中将の誰か?おつるの孫、と言われれば納得はできなくもない(特にその丁寧な物腰)が、クロコダイルが知っているのは父親だというのでなし。サイファーポール、インペルダウン、とも考えられるがクロコダイルはその辺りは特に知り合いはいないはずだ。

誰だ、とクロコダイルは頭を悩ませた。そんな様子を見て、少女は苦笑しつつ、とんでもない発言をした。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴの娘、メルセデスといいます。いつも父がご迷惑をお掛けしております。」

ドフラミンゴ、真っ先に可能性を排除した男の名前を上げた少女を、クロコダイルは穴が開くほど見つめた。ドフラミンゴ?嘘を吐くな、と詰め寄るも、嘘じゃないです、と返される。確かにその髪色はどこか見覚えがあるが、ドフラミンゴの娘?あの男に子どもがいようと不思議ではないが、これが?

「ンン?メルセデス、それにクソ鰐野郎じゃねえか。」

「誰がクソ鰐だこのクソフラミンゴが。」

思わず脊髄反射でそう返す。振り返れば今ちょうどクロコダイルの頭を悩ませていたあの目障りな男。待て、今あいつ、誰の名前を―?

「お父様、」

「探したぞメルセデス。部屋から出るなと言わなかったか?」

「ずっと部屋にいても暇なんです。」

「ならせめて俺が帰ってくるまで待っとけ。」

クロコダイルのそばを離れてドフラミンゴの元へ歩み寄り、そんな会話を繰り広げる二人を、クロコダイルは化石でも見るような目で眺めた。なんだこれは。ドフラミンゴとあの少女が本当に親子であるらしいことにも驚いたし、ドフラミンゴがおおよそ一般に予想される"父親"のイメージからさほど解離していないことにも驚いた。

「それにお父様、同僚とはいえクロコダイル様をそのようにお呼びするのはどうかと娘は思います。」

「ァア?あいつだって似たようなもんだろうが。」

「されたから同じことをしていいというものではありません!」

ドフラミンゴに抱えあげられながら、その腕の中で娘は騒ぐ。これがそこいらの商売女だったら一瞬で首と胴体がサヨナラしているだろうに、ドフラミンゴは説教を垂れる娘を楽しそうに見ていた。

「全く、うちの娘は厳しいなァ。…じゃあな、"サー・クロコダイル"?」

わざとらしく名前を強調して、ドフラミンゴは唇を釣り上げた。罵声を浴びせたいのを我慢して、同じように唇を釣り上げて言う。

「あァ。失礼する、"ドンキホーテ・ドフラミンゴ"。それにリトル・レディ。」

自分にも挨拶が向けられたことに気づいたのか、背中を向けたドフラミンゴの肩越しに、少女が大きく手を振った。

ドンキホーテ親子の背中を見送り、クロコダイルはにやりと笑う。まさかあのドフラミンゴにあんな娘がいたとは。人から指示されることを嫌うドフラミンゴが、相手は幼子であるとはいえ指示に従って行動したあたり、あの娘を相当甘やかしているらしい。それは同時に娘を大切にしている証拠だ。思わぬところで手に入れた弱みに、クロコダイルは今日という日の偶然に感謝した。クソフラミンゴを黙らせる日が来るのもそう遠くないかもしれない。

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