企画 | ナノ

マイ・リトル・レディ

ドフラミンゴの娘は、誰に似たのか知れないが、随分と大人しい質だった。まだ幼いというのに、本を一冊与えておけば騒ぎもせず1人で静かに読んでいる。

その日も、父親であるドフラミンゴを初めとするファミリーの多くが"お仕事"に出向いている間、ネアはどう見ても子供向けでない科学図鑑をずっと読んでいたらしかった。見た目はまだ幼子だというのに、果たしてこの子どもの頭脳はどこまで至っているのだろうか?

「あ!おかえりなさい、お父様。」

どこか舌足らずな言葉と、屈託のない笑顔におう、と答える。隠すこともなく嬉しそうな表情を浮かべ、帰ってきた父親にまとわりつく姿は年相応で、実に可愛らしい姿なのだが。

「ただいま。いい子にしてたか?」

「してました!」

ソファに身を沈め、小さな娘を膝の上に抱き上げながら、机の上に無造作に放置された分厚い本を眺める。"Principia"と銘打たれたその本が、数多の科学者の教科書であることはドフラミンゴも知っている。それをもしこの娘が理解して読んでいるのならば、賢く育ってくれるには文句はないのだが。

そう、育つこと。ネアはこれから育っていくのだ。その事実を前に、一人の父親としてドフラミンゴは危惧していることがあった。

―この調子で、可愛くなれるか?

頭がいいに越したことはない。だが、あまりに学に重きを置きすぎて、性格が複雑骨折してひん曲がった人間になって欲しくはない。せっかくの可愛い娘なのだ、頭が良くて可愛い女性に育ってほしい。我ながら何を思っているのか、呆然として、とある子持ちの部下に相談したところ『それが正常だ。』と返されたので、父親というものはこういうものらしい。

なにはともあれ、可愛く育ってほしい。猫のように、父親の腹に頭をこすりつける娘を撫でながらドフラミンゴは思案する。頭がいい子どもにするには勉強をさせればいいというのはわかるが、可愛い子どもにするにはどうすればいいんだ?

「ネア。」

「はい!」

名前を呼べば、元気に顔を上げて返事をする。笑顔はもちろん可愛い。100点満点に花丸をあげたいぐらいだ。
どうしたものか、と悩みながら指先で娘の頬を少しつまむ。子どもらしく、ふくふくとした頬だ。弟が小さい頃もこんな風だった気がする。何をするのか、と不思議そうな視線をネアが送る。

「ンー…?」

頬から離した手を脇に回して持ち上げる。小さな身体だ。ああ、でも父親が俺だから背が高くなるんだろうか?
―無事に、このまま育ってくれたなら、スタイル抜群の美女になってくれそうな予感はするのだが。
いかにその軌道を歪ませないか。自身の責任の重さにドフラミンゴは戦慄する。そうだ、この娘をどう育て上げるかは俺にかかっているのだ。

「お父様?」

自分にやたら触りながら表情を固くする父親に、ネアはどうかしたのかと首を傾げた。親の心子知らずとは言うが、自身の成長後の容姿を心配されているとは、幼子にはとうてい想像がつかなかった。

「肌に良い物…野菜をいっぱい食べさせて、ああでも身長も…運動はディアマンテやラオGがやっているから…」

「おーとーうーさーまー?」

手足をばたつかせると、はっと意識を取り戻したドフラミンゴはああ、と零して娘を下ろす。しばらく宙ぶらりんの状態で拘束されていたドルシネアは、ずっと支えられていた肩が痛いのか、小さな手で肩付近を叩く。

「もう、なんなんですか、お父様?」

ぷんすか、と効果音がつきそうなほどに怒ったネアが父親を見上げて問う。そんな風に頬を膨らませても可愛いだけで全く怒っているようには見えない、なんて言って拗ねてしまってはいけないので黙っておく。そういえばあの姿勢は子どもに負担がかかるんだった。

「あー…いや、すまん。」

素直に一言謝罪すれば、まあいいですけど、と優しいお言葉をいただく。

「お父様だから許してあげます!」

「そうか、ありがとうな。」

お前はいい子だな、そう言って小さな娘に頬ずりする。きゃらきゃらと可愛らしい声を上げる娘を見て、どうかこのまま育ってくれますように、とドフラミンゴは誰かに願った。

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