企画 | ナノ

偶然にしては殺風景な

「すごいことになりました。」

そう言って娘がやってきたのは1時間ほど前だろうか。

「なんか悪いことでもしたのか?」

「濡れ衣です!」

身の潔白を主張する娘の右手首には武骨な手錠。なんと驚いたことに、棚を弄っていたら上から落ちてきて綺麗に嵌ったのだという。

「部下のみなさんが血相変えて、必死に鍵を探してくださっているんですが、見当たらず…。」

何せ、棚から落ちてくるような管理されていない手錠だ。鍵が存在するのかどうかも怪しい。

「なるほど、俺に切れと?」

「はい。お父様なら綺麗に外してくださるかと。」

これが利き手の右手でなければ、ネアは自分で手錠を切断できただろう。だが不運なことに手錠は右腕に嵌ってしまった。だから他者に―それも信頼できる、父親に頼みに来たと。いい判断だ。だが。

「それ、海楼石じゃねェだろうな?」

「えっ、どうでしょう…。」

ドフラミンゴは疑惑を一つ、口にする。もしあの手錠が海楼石ならば、ドフラミンゴの能力は通じない。つまり、切れない。

「私に聞かれても……」

わからないです、とネアは首を傾げる。無能力者のネアにとっては海楼石も普通の石も変わらない。ということは、俺が触って確かめるしかないのか。
手首が重いのだろう、小さく顔を顰めたネアが自分の手首を眺める。
はぁ、と一つため息をついた。海楼石を触ったときのあの言いようのない気持ち悪さと恐ろしさは、きっと能力者同士でしか分かり合えないのだろう。とは言え娘のためだ。潔く腹を括って、娘の前に立つ。腰をかがめてみれば、なんだか嫌な感じがする。

「あー、これなぁ…」

指先で突くようにして確認する。肌が触れるたび全身に走る不快感。間違いなく海楼石だ。

「海楼石だな。」

「どうしましょう…」

しかしこんなものがどうして、とドフラミンゴは手錠を眺める。汚れ具合からしてなかなか古いもののようだが。製造年でも書いてないだろうか、と不快感と戦いながら手錠をひっくり返し―

「ぁあ?」

「え?」

―手が滑り、取り逃がした手錠は音を立ててドフラミンゴの左腕に嵌った。
呆然と、親子二人してその場に立ちすくむ。やがて力が抜け始めたドフラミンゴが膝をつき、それに悲鳴を上げたネアによって、時は再び流れ始めた。





「んべへへへ、面白いことになってんねー…。誰のせいかな?」

「黙りなさいトレーボル。」

「誰もネアのせいとは言ってないぞ?心当たりがあるのかなぁー?」

「耳障りです!」

「…いいから静かにしろ。」

どうにも仲が悪いトレーボルとネアの口喧嘩を仲裁し、ドフラミンゴは深呼吸をする。駆けつけた幹部の手によりソファに横たえられ、目眩がする中どうにか打開策を探っている最中である。手首をつなぎ合わされてしまった娘は、床に座り込んで心配そうにこちらを見ていた。トレーボルとの言い合いからも察せられるように、彼女は責任を感じているのだろう。別にネアが気にすることはないし、死ぬわけでもない。ただとてつもなく気分が悪くなるだけだ。

「やっぱりディアマンテしかいないか…」

調度今日は出ている幹部しか適任がいないことを再確認し、ドフラミンゴは深くため息をつく。斬る、ということを戦闘の中心に置いている幹部がそもそも少なく、その中でもこういった繊細な作業を成せるのは、繋がれている当のドフラミンゴとネアを除けばディアマンテしかいないだろう。幸いというべきか、そう遠出しているわけではなく、あと数時間もすれば帰ってくるという。ならばそれまでの辛抱だろう。

「大丈夫ですか、お父様…なにか欲しいものなどは?」

まるで病人にするようにネアが尋ねてくる。いや、娘から見たら、ここまで弱っている父親は病人同然か。

「いらねェ。今なんか食ったら確実に吐く。」

その返事に、ネアは一気に顔を青ざめさせた。―そんなに調子が悪いなんて!
おろおろとした様子で視線を彷徨わせ、やがてネアの空いている手がドフラミンゴの左手を握る。

「うう、ごめんなさい…」

「別にお前のせいじゃねエ。そうだろ?」

「でも…」

きゅう、とネアの手に力がこもる。やっぱり責任を感じてんのか、馬鹿だなァと思いつつも、それを取り除いてやるためにいつものように頭を撫でることすら億劫で、代わりとばかりに弱々しく手を握り返した。

「…なんか恋愛小説のワンシーンみたいね。」

「ああ、ヒロインが入院した彼氏をお見舞いに来た感じ。」

「お前ら覚えてろよ。」

ふざけているのか真面目なのかわからない発言をするデリンジャーとベビー5に釘を刺しておく。ドフラミンゴは見ることも気づくこともなかったが、その発言を耳にしたネアは顔を真っ赤に染めていた。



ディアマンテが帰還し、ドフラミンゴとネアが解放されたのは、その2時間後である。

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