企画 | ナノ

それでも腕は2本しかない

『綺麗な子ね。』

『…ああ?』

何の話だ、そう問い返すと、その女はティーカップに一度口をつけてからこう言った。

『貴方の娘なんでしょう?背の高い、若い女の子。』

さっき見かけたわ。そう言って女は目を細める。嫌な目だ。

『身に纏っているものも綺麗で…お金がかかってるんでしょう?羨ましい。』

『…まァそれ以外に金を費やすものもないからな。』

言い方が少々気に触るが、商談を控えている手前、相手の話に合わせておく。娘に金をかけているのは事実であるし。

『品も良さそうだし、良いわねぇ。』

―ああ、羨ましい、羨ましい。

妬むようにそう零した女を、少しは警戒しておくべきだったのかもしれない。




―今度こそ真剣に、ドルシネアに首輪をつけることをドフラミンゴは検討し始めていた。あるいは手枷足枷で部屋の繋いでおく。もしくは自分の目の届くところに、それこそ鳥かごにでも閉じ込めてしまおうか。

苛立ちのままに強く足音を立てて歩く。ネアがいない状況であっても、幹部たちぐらいが落ち着くよう進言してくれるものだが、今はドフラミンゴただ1人だ。1人で来るように、と先方から要求があった。

―腹立たしいことこの上ない。
ドフラミンゴがネアを大切にしていることをわざわざ聞き出しての誘拐劇だ。身代金代わりにどんな条件を突きつけてくるのか知らないが、よほどの事情でもない限り関わったものは1人残らず八つ裂きにする、と疾うに決めている。裏稼業の取引相手だろうとお構いなしだ。そもそも娘を掻っ攫われてそれを許す理由がどこにあるというのか?

「ジョーカー…!?な、なんでこんな早くッ」

こちらの姿を認めた途端に慌てふためくような下っ端は早々に片付けて、あの女の元を目指す。幾つかの部屋を通り抜け、やたら豪華な扉を蹴破れば、ようやく首謀者のお出ましだ。

「あら、早かったじゃない?」

「ネアはどこだ。」

この女の話に耳を貸す必要はないし、そんな時間もない。趣味が拷問で好きなものが鉄の処女だとかいうこいつに拐かされた娘が一体どんな目を見たのか、少し自分の過去を思い出して寒気がした。

「そう急かなくても、ちゃんと生きてるわよ。ちゃぁんとね。」

何が面白いのか女は笑い、いつかのようにティーカップを傾ける。その態度が癪に障り、大股で距離を詰めて女の襟元を掴み上げた。
女が持っていたカップが、床に落ちて砕ける音すらもかき消すように声を荒らげる。

「御託はいい。さっさと俺の娘を返せ。」

「…ふぅん、随分とご執心なのね?」

―あまり可愛げがない子だったのだけれど、なぜかしら?
そう言って、女は首を傾げる。

「若い女の子なのに、爪を剥がしても悲鳴一つ上げないし、涙も零さないのよ。綺麗だけど、まるで作り物だったわ。綺麗な、けれどそれだけのお人形。」

―だから全然楽しくなくて、片手だけでやめちゃったわ。
その言葉に、視界が一瞬赤く染まる。掴んでいた手を離せば、女は思い切り床に叩きつけられた。

「―――ッ、あら、片手だけよ?随分と怒るのね?」

背を強く打ったせいだろう、噎せながらそう言う女を、ドフラミンゴはサングラス越しに睨みつけた。

「片手だけ、だったら許されるとでも思ったか?」

そもそも、ネアを拐かした時点で許されることはないのだ。加点法で罪に点を付けていくのならば、既に誘拐のみで100点は行く。そこでさらに娘を、ネアを傷つけたとあっては到底許されるものではない。

「許すわけがねェだろ。」

指から糸を出し、ピンと張る。しかしまあいい商売はさせてもらったので、せいぜい首を落とすぐらいで済ませてやろう。

「へえ、殺すの?」

「元からそのつもりだった。」

最後に、ネアはどこだと聞けば、素直に隣の部屋だと答える。初めからそうしていれば良いものを。

「私の最期もあっけないものね。龍の逆鱗に触れて殺されるだなんて…」

女の言葉は無視して、指を薙いだ。




「…ん、あれ、お父様?」

―目が覚めて見えたのは、壮麗な天井と不機嫌そうな父親の顔。

「なんだ、起きたのか。」

「はい。…あああっ!」

ここがどこなのか、どういう状況なのか察して、ネアは思わず大声を出す。

「ああぁお父様、ええとですね、申し訳ありません!私、どうしてこうも…ああ…」

不意打ちに弱い、という自分の弱点を突きつけられ、ネアは顔を両手で覆う。その左手の惨状に、ドフラミンゴは思わず顔を歪める。よくもまあ、こんなことを。帰ったらすぐに治療しなければ。

「…いや、俺にも責任がある。」

だから気にするな。そう言葉をかけるも、責任感の強い娘はなかなか立ち直らない。

「うう、ほんとうにご迷惑をおかけしました…そしてあの、自分で歩きますのでおろしていただいても…?」

誰も見るものはいないとはいえ、父親に抱き上げられたままなのが気になるのか、ネアが尋ねる。だがドフラミンゴは、その提案に否を示した。

「別にこのままでも構わねエだろ?」

「ですが重いのでは…」

「俺とお前の体格差を考えてみろ。」

「ハイ、そうですね…そうでした…」

容易く丸め込まれ、父親の腕の中に収まった娘に満足そうにドフラミンゴは頷いた。全く、この重みが一時でも失われるのは心臓に悪すぎる。

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