そのうち溶けてくっつきそう
ドレスローザは年間を通して温暖な気候だが、それでも例外というものはある。
「寒っ」
思わずそんな言葉が口を突いて出るほど、その日は冷え込んでいた。シャツのボタンを上まで全部止めてやろうかと思うほど。いやしかしそうすると己のアイデンティティが崩れ去る気がする―そんなことを考えながら、ドフラミンゴは石造りの廊下を歩く。こういうとき石というのは温まりにくくていけない。
「あらお父様、おはようございます。」
食堂へ赴くと、先に起きて行動を開始していたのであろう娘が、湯気の立つマグカップを前に新聞を読んでいた。仕事熱心で大変よろしいがその格好はどうにも老けて見えるというか。
「ああ、おはよう。」
「随分と冷えましたね。」
ここに来るまでが寒くて、と言いつつネアはマグを両手で包む。俺も寒かったと言えば、それは格好のせいでは、と鋭く指摘される。
「お腹冷やしますよ。」
「そうは言ってもなあ…」
いつもの場所に座り(何せ体格が体格な者が多いせいで決まった椅子にしか座れない)、朝食前のコーヒーを飲む。この寒さのせいかいつもより熱かった。
「昼になったら暖かくなるだろ。」
それに今日は出歩くこともない。さらに言えばドフラミンゴは常軌を逸した丈夫さを誇るので、多少冷え込んだぐらいで風邪をひいたり、ましてや寝込んだりはしないはずだ。
「そうだといいのですが。」
寒い寒いと呟き、娘はマグを両手で持って口に運ぶ。早くから火が入れられて暖かくしてあるここでも寒いなんて、ネアは存外寒がりなのか。
―待てよ?
「ネア、」
名前を呼んで手招きをすると、なんですか、と娘が寄ってくる。そのまま娘の腕を引いて足の間に座らせ、抱きとめれば、即席カイロの完成だ。なかなか温かい。
「……えっ?」
「暖かいだろ。」
「確かに…いや、えぇ?」
突然の状況に娘は混乱しているようで、くるくると視線を彷徨わせる。
そんな娘は置いといて、触れ合う部分から伝わる暖かさに、ドフラミンゴはほうと息を吐く。静かにしていればネアの鼓動も感じ取れた。驚いているせいか少し早い。
「…いつまでこうしていれば?」
やがて落ち着いたのかそう尋ねてくるネアに、そうだな、とドフラミンゴは思案する。正直離したくない。物理的に温かい、というのもあるが、こう、親しい人間とひっついているというのは―自分がこんなことを言うのも似合わないのだが、心が温かくなる、気がする。
しかしここは食堂である。そのうち幹部の連中も起き出してやってくるだろう。まさか食事のときも離さない訳にはいかない。そう、分かってはいるのだが。
「離したくねェなあ……」
そう言って、娘の体をますます引き寄せる。伝わる熱が心地よくて、一層強く抱き締めた。
「え、お父様、それはどういう、」
真意を訪ねようとしたのか、ネアがドフラミンゴの腕に手をかけて仰ぎ見る―その手の冷たさに、ドフラミンゴは思わず声を上げた。
「冷たいな。冷え症か?」
およそ生きている人間の体温とは思えない。冷えすぎて白くなっている娘の手を、ドフラミンゴは自身の手で握りしめた。
「あ、はい。今日は特に冷えて。」
たしかに今朝は寒いが、それでもこの暖かい部屋にいてこの冷たさは重症ではないだろうか。
今度シーザーに見せるか、娘の手をさすりながらそんなことを考える。
「ほら、だいぶ温まっただろ。」
「はい、ありがとうございます…で、いつまでこうしていれば?」
自身の体温を分け与えてやれば、感謝ついでに娘がまた尋ねてくる。随分と気にするな。同じことをよくやっている気がするが。
「だってそのうち誰か来るじゃないですか。」
訳を尋ねればそう答える。なるほど恥ずかしいのか。ネアも年頃だしな。しかし。
「いいじゃねェか、親子なんだからな。」
「うう、そうですか?変じゃないですか?」
しきりに気にする娘に、大丈夫だと声をかけ、その頭を撫でる。どうせ来るのは長い間一緒に過ごしている幹部たちだ。今更奴らも気にかけまい。
「でも、やっぱり恥ずかしいような…」
そう言って顔を俯かせるネアに、だから大丈夫だと言う代わりにもう一度強く抱きしめた。
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