企画 | ナノ

父親たちの最前線

大の大人が寄り集まって廊下に座り込み、薄い扉一枚隔てた空間の声に耳を澄ませる様子は、はっきり言って異常だった。
しかし、当の本人たちはそんなことは気にならない。というよりも、気にしている余裕などない。

『やっぱり若様が一番よ!私、結婚するなら若様がいいなあ…』

幼い子供の、高い声が無邪気に言う。名前を出されたドフラミンゴは、自分で肯定するように数度頷いた。そんな予定はないが、いい選択だと思うぞ、ベビー5。



「でもその点、コラソンはやっぱ怖いかな。でぃーぶい?って言うの?だめだと思うの。」

お菓子を片手にベビー5が語る。バッファローもその言葉に賛同した。子どもたちを震え上がらせるコラソン、悪そのものである。

「…おれも、あいつは好きじゃない。」

振るわれた暴力を思い出して、ローは顔を歪めた。子ども嫌いだかなんだか知らないが、幼子を殴り飛ばすなんてろくな人間じゃねえ、と吐き捨てた。



その頃、聞き耳を立てていたコラソンは内心傷ついていた。これでいい、彼の計画通り、なのだが。狙ってやったこととはいえ、子どもたちの言葉を聞くとやはり胸が痛んだ。

「おいコラソン、言われてるぞ。」

兄の指摘にも顔を背けて知らんぷりをする。そんな弟の様子に、ドフラミンゴは一つ溜息を吐いた。



「コラソンにもきっと何か事情があるんですよ。ね。」

子どもたちのヘイトを集めたコラソンを庇うように、この部屋で最も幼いネアが舌っ足らずな声で言う。幼い、と言っても彼女の思考回路は成熟した大人のそれに近い。

「で、ネアは誰が好きですやん?」

バッファローから向けられた質問に、ネアは頬を染めながら笑顔で答える。

「えっと…まずは絶対にお父様。コラソンも嫌いじゃないですよ。それとお世話になってるディアマンテとラオGとジョーラとグラディウスと…あ、もちろんみんなも好きですよ。それから…。」

指折り数えながら名前を上げていくネアに、これではキリがないなと判断したベビー5は途中で遮り、次の質問に移る。

「苦手なのは?」

「トレーボルは嫌いです。」

ネアは即答した。



「常々思ってるんだが、お前はネアに何かしたのか?」

苦手、ではなく嫌い、に名を挙げられたトレーボルにドフラミンゴは尋ねる。もしや自分のあずかり知らぬところで娘を虐めていたりはしないだろうな。

「別にぃ?なんでかなぁ?」

「清潔感の問題だろ。」

いつもの笑い声を立て、はぐらかしているのか事実なのかわからない返答をしたトレーボルに、鋭く突っ込みを入れたのは、先程ネアに好きだと公言されたディアマンテ。心なしかその表情は輝いて見える。

「ぉおん?清潔感?お前がそれを言う?」

「どう見てもベタベタ野郎より俺のほうが清潔感はあるだろう。そう思わねえかドフィ。」

「ハイハイそうだな。」

娘から確固たる好意を得ているドフラミンゴからすれば、トレーボルとディアマンテの争いなど五十歩百歩、どんぐりの背比べだ。くだらない言い争いに適当に終止符を打ち、再び扉の向こうに耳を澄ませた。その行いを咎めるものは、誰もいない。



「ジョーラは私も大好き!」

だって優しいから、とベビー5は理由付ける。この年頃の子どもたちにとって、優しさは味方であり、厳しさは敵である。

「優しいからって、んなこと言い出したらコイツには全員甘いだろうが。」

コイツ、と言いながらローはネアを指差す。ドンキホーテファミリー、そのボスの娘である。勉強や武術を習うときならばともかく、普段は盛大に甘やかされている。

「ん、だからみんな好きですよ。あ、トレーボルは除く。」

「ネアって、ほんとにトレーボルが嫌いだなぁ?何か理由でもあるんですやん?」

博愛なネアの唯一の穴、相当な理由でもあるのか、とバッファローが探りを入れるが、ネアは口調とは真逆に可愛らしい笑顔を浮かべて誤魔化し、それよりも、と話をそらした。

「お茶を新しく淹れましょうか。随分と話し込んでいますし。」

小さな手に白磁のポットを持ち、ネアが微笑む。立ち上がった彼女に、手伝うわ、とベビー5が付き従った。

「…結局、アイツ理由言わなかったな。」

「絶対何かあるだすやん!」

残された男二人は、幼い彼女が抱える闇を探り合った。

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