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一面に広がるそれに、ネアはため息を吐いた。
あたり一面を埋め尽くす、人、人、人。それらは皆白目を剥き、口から泡を吹いて倒れていた。
その中の一つの首に手を当て、ただ気絶しているだけであることを確認する。さすがに彼女に死なれては気まずい。
しかし、さてはて。死屍累々たる中心に一人立ち、少女は思案する。この状況をどう打破すべきか。
このまま一人で行動するのは良くない。ネアの単独行動は、彼女の父親によって厳しく制限されている。そのためにこの護衛が一人付き従っていたのだが、今や少女の足元に倒れ伏す敗者の一つとなっていた。
ここから動かなければならない理由もないが、こうも周囲を囲まれているのは気分が悪い。それに、これらは良くない種類の人間である。もし護衛が目を覚ます前に彼らが目を覚ませば、また面倒なことになる。あまり騒動は起こしたくなかった。
希望的観測をもとに護衛の意識を取り戻そうと、体を揺らし頬をつねってみるが反応なし。そんなに強くしたつもりもないのだが、どうやら彼女は覇気の耐性がなかったようだ。
はあ、とまた溜息を吐く。こうなったら護衛の彼女には申し訳ないが、しばし彼女をここに転がしてネアが父親に連絡を取るしかないだろう。こんな時に限って、手元に電伝虫はなかった。近場の、それこそ父親の息がかかった店で借りるなりなんなりするほかない。
幸い、ここはシャボンディ諸島は無法地帯。少し歩けばそんな店はごまんとある。
倒れ伏す護衛に心の中で謝りながら、少女は背を向けて歩きだした。
予期したとおり、見慣れたジョリーロジャーを看板に飾った店はすぐに見つかった。
ここで父親の名前を出して自分の身の上を証明すれば、この困った状況はすぐに打破できるだろう―だが。
何故か店内からは怒号が響いていた。
そういった店だっただろうかと看板を確認する。人間屋。なにか取引に不備があったのだろうか。
また面倒ごとになるのは嫌だな、と思いつつ入店する。怒号がますます大きく聞こえた。
「だから、人魚はいないの!?隠してたら承知しないわよ!!」
甲高い声で叫ぶのは橙色の短髪の女性。その横に黒髪長髪の女性を確認し、ネアは少し目を見開く。どうやらルーキーの一味がシャボンディ諸島を訪れているらしい。
それにしても、人魚とは。
「い、いねえよ!!いたらメインで売ってるさ!!」
女性の剣幕に気圧されたか、店主らしき男が後退りしながら応える。
「本当に、本当にいないのね?」
「いねえ!!嘘なんかついてねえ!」
その後彼女たちは二言三言言葉を交わし、納得したようで店の出口へ―つまりいまネアが入ってきたところへ向かってくる。
しかし、人魚なんて。
「人魚が売りに出されるのなら、1番グローブのオークションでは?」
そんな珍しい物、誰だって高値で売りたいに決まっている。そういうとき、あの職業安定所は最高の市場だろう。
父親の数々の悪行の一つであることに胸を痛めながら言葉を誰に向けてでもなく言い放つと、短髪の女性と目があった。
「あなた、ケイミーっていう人魚を知ってる!?」
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