長編 | ナノ

19

背後で暴発した悪意に、ネアは思わずクロコダイルに向かって投げた剣を手元に引き戻した。そのまま悪意と、先程まで一対一でやりあっていたクロコダイルを視界に収めつつ、死角を雑魚に向けるように飛び退いた。何だ。何が起こった。途端に戦場に満ちた悪意と殺意、そして疑惑をまとめて感じ取り、視界が眩む。慌てて、広げていた見聞色の覇気を小幅に収めた。

「スクアードッ…!!」

どうやら悪意は彼女に向けられたものではないらしい。回復した視界が、凍りついた戦場を映し出す。誰も彼もが手を止め、一点に視線を集中させていた。その先に、何が。

皆の視線の先―白鯨の頭上に視線を送ったネアは、目にした光景に思わずその他大勢と同様に硬直した。白ひげが、あの世界最強の男が、刺されている。それも傘下の海賊に。馬鹿な。何を考えている。

「この戦争は、最初から仕組まれてんだろ!?」

スクアードと呼ばれたその海賊が、周囲に知らしめるように叫ぶ。何を分けのわからないことを、と小さく呟いてから、ネアは気づいた。そうか、これが海軍元帥センゴクの策、離間の計か。
だとすれば海軍側の私は動揺を隠して超然としているべきだろう。覇気を弱めてもなお感じる悪意に眉をひそめながら、ネアは不動を貫く。同刻、少々離れた場所で不敵な笑みを浮かべた父親とはまた対照的な、だが意味を同じくする態度である。

「情けねえじゃねえかよ白ひげ…!俺はそんな弱ェ男に負けたつもりはねえぞ!」

対峙していたクロコダイルが怒号を上げる。確かに、彼からしたら屈辱的な光景だろう。かつて完膚なきまでに叩きのめされたその相手が、味方からの信頼を勝ち得ず裏切られたなど。集団行動が基本である海賊にとっては由々しき事態だ。
そして、彼の言葉は謀ってのことか否か、白ひげの心に火を灯したらしい。

「おれと共に来る者は、命を捨ててついて来い!」

海賊たちが鬨の声を上げる。真打ちの登場だ。

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