12
デリンジャーとネアが甲板に降り立つと、タラップの回収が始まった。どうやら彼女たちが最後の乗船者であったらしい。これから舫を解いて出航するのだろう。先ほどの父親との会話を思い出す限り、向かう先はマリンフォードで間違いない。めったに招集に応じない父親が応じたということは、緊急の用か。この時期にそんな大きい動きがあるとは、状況は限られてくる。今回は十中八九白ひげ関連だろう。果たしてそれは、ネアに関わりがあるのか―いや、今はそれどころではない。
デリンジャーに手を引かれ、ネアはどんどん船の中へと進んでいく。その歩みに迷いはない。間違いなく、父親の居室へ向かっている。
先ほどこそ追求を免れたとはいえ、今度は全て洗いざらい聞き出されるであろうことは明白だ。そういえばネアの覇気で気絶した護衛の女性はどうなったのだろうか。一人で帰ってこれたのだろうか。
「にしても、本当に若様はネアがいないとダメねえ」
困ったちゃんだわ、とデリンジャーがぼやく。
「まあ、ネアが敵に回ると怖いってのはあたしにもわかるけど。」
「あなたがお父様の味方である限り、私はあなたの味方ですよ、デリちゃん。」
繋がれた手を握り返しながら答えるとデリンジャーも笑って、そうね、と返す。
「それを若様にも言ってあげたら、とっても喜んでくださると思うんだけど」
気づけばたどり着いていたそのドアを、デリンジャーが叩く。父親の応じる声。開けられた。
「がんばってね」
デリンジャーがウインクとともに背中を押してそう言う。がんばらなければならないのか。
室内に踏み入ると、背中で扉が閉まる音と、遠ざかるハイヒールの足音が聞こえた。
「よォネアチャン、何時間ぶりだ?」
やや不機嫌な父親がそう切り出す。窓を背に、ソファーに深く腰掛けているというのに目線の高さが変わらないあたり悲しい身長差を見せつけられる。
「5時間ほどでしょうか…」
「5時間!過去最長の家出だな?」
記録を更新してしまった。いやそもそも家出じゃない。
「で?何があったんだ?」
どうやらちゃんと訳は聞いてくれるらしい。よかった…のか?
ともかく言わないことには始まらないと、事の成り行きを包み隠さず話す。
「ええとですね、まず人攫いに襲われまして、」
「は?」
一気に父親の機嫌は急降下した。なんというジェットコースター。
恐る恐る顔色をうかがうが、それ以上何かを言わんとする気配はない。
「ちょっと足場が悪かったので武器を振るうのはやめにして、手っ取り早く覇気で片付けようと思ったんです。そしたら護衛の方も食らっちゃって、彼女の回収と新しい護衛の手配を連絡しようと思ったら麦わらの一味に捕まりまして、」
「は?」
麦わら?と尋ねられるので、ルーキーだと答える。父親は海賊であるくせに、ルーキーなどろくに見知っていないらしい。
「人魚を探しているというのでオークションハウスのことを教えたんですが、そしたらそのまま連れて行かれてしまって。それからはまあ…ご存知でしょう?」
さすがに天竜人傷害事件の連絡は父親の情報網に引っかかっているだろうと期待を込めて尋ねると、成程な、との一言が返ってきた。
それから父親はしばし黙り込み、それから堪えきれないといったふうに肩を揺らし始めた。
「まさか天竜人をぶん殴る馬鹿がいるとは…で、ネア。お前も1発や2発殴ってきたか?」
まさか、と答えかかって踏みとどまる。いや待て、そういえば倒れていた天竜人があまりにも邪魔な場所にいたから蹴るなり踏むなりしてしまった気がする。
考え込み始めた娘の姿を見て、ドフラミンゴは今度こそ大声で笑いだした。
「なんだネア、お前もやってきたのか!フフッ、どうだった?」
「な、な!違います!ちょっと足が当たったっだけです!事故です!」
それにどうせ向こうは気絶してたので覚えてません!と主張するも、父親は笑い続ける。自分の血を引く者が天竜人に一矢報いたのが余程楽しいらしい。本当に事故なのだが。
「フフッ、お前は本当に良く出来た娘だ、ドルシネア。」
「だから、事故です!」
事故とはいえこんなことが知れてはまずいのだが、父親は意に介した風もない。刹那的快楽主義の父親にとっては、自分の娘が天竜人に少々とはいえ危害を加えたことが重要で、それが知れ渡った時の措置など気に掛けるものではないのだろう。
「はいはいそうだな、事故だ事故。」
まるで幼い子どもをあやすように言われて、ネアはむっと口を尖らせる。猫扱いの次は子ども扱い。なんということだ。
しかし招くように膝を叩かれては行くしかない。
父親の脚の上に腰を下ろし、頭を胸に預ける。すると、父親の大きな手がネアの金髪を梳った。
「そういえば、招集の目的は何なんです?」
先ほどの電伝虫での会話で断片的に示された情報について尋ねると、頭上から声が降ってきた。
「白ひげだ。ついに戦争をやるらしい。」
やはりな、とネアは心中で呟く。緊張が高まっていたのは知っているが、まさか七武海も呼ぶとは。相当規模の戦争になるらしい。
それから父親は思い出したように、そうだ、という。
「お前も連れて行く。」
「何にですか?」
「戦争に、だ。」
珍しい、とネアは思った。ドンキホーテ海賊団のみでの戦闘にネアが駆り出されることすらあまりないのに、七武海としての戦闘にネアが駆り出されるなんて。
「新時代がやってくる。お前もそろそろ表に出ないとな?」
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