長編 | ナノ

8

もうもうと煙が立ち込める。高速で運動する物体と接触した際の摩擦熱か。いくつもの座席が倒され、そこに座っていただろう観客らは皆白目をむいて倒れていた

随分と派手な登場だ。

―モンキー・D・ルフィ。懸賞金3億ベリー。

ようやく、彼らの船長がたどり着いたらしい。
どうやら仲間に気づいたらしい彼は、少しばかり会話を交わしてからこちらを見る。軽く会釈すると、ニッと笑顔を返された。眩しい。普段周囲に悪意と害意を溜め込んだ人間しかいないので格段に眩しく見える。

だが、そんな感動の再開も一瞬の出来事。
ステージ上に彼らが探し続けていた"友だち"が出品されているのを見かけると、すぐさま会場を駆け下りる。まさか。

彼の思惑に気づいたらしい魚人が慌てて彼を追うが、そのことが更に状況を悪化させてしまった。
全力で―それこそ、得物を持たず身一つで戦う3億の賞金首が全力で走っては、ここが陸の上であることもあって止められるものではない。それを何とかして止めようとしたのだろう。気づけば彼は衣服の中に隠していた腕をさらけ出してしまっていた。
ざわめく会場。響く心ない声。

「ロビンの言っていたとおりだ…」

ナミが口を抑える。罵倒の声は段々と大きくなり、魚人は身動きも取れなくなってしまった。

根拠なき悪意は伝染病に近い。

父親からそう聞かされたことはあるが、まさかここまでとは思いもしなかった。
ただでさえ人を人とも思っていない奴らが集まる場所だ。悪意は伝播し、やがて最悪の結末を生んだ。

―ぱん、と一つ、乾いた音。
いつの間にか立ち上がっていた天竜人が、その手に銃を構えて、引き金を引いた。

はっちゃんから流れる血が床を赤く染める。

「ハチーーーー!!」

もう一人の魚人の声が痛いほど響いた。

はっちゃんを撃った天竜人は奇妙な踊りを踊っている。得だとかなんとか言っているあたり、彼らにも損得勘定は可能らしい。

危機管理能力には欠けているようだが。

はっちゃんを、友だちを撃たれたことに激昂した麦わらのルフィが、その拳を勢い良く振り抜いた。吹き飛ぶ巨体。会場は一瞬静まり返ったかと思いきや、すぐさま数多の怒号が響く阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

慌てて逃げ出す観客たちと、入れ替わるようになだれ込んでくる守備隊。

一気に駆け出す麦わらの一味の後ろ姿を眺め、思案する。

大将が来るのは良くない。大将は私の顔を知っている。七武海の娘が天竜人傷害事件に関わったなんて、とんだスキャンダルだ。
良くない。実に良くない。
そうと分かればなんとかして大将が来る前に麦わらから離れなければ。

まあ、そのためにはまずこの場を納めることだ。

周囲を取り囲んだ守備隊を剣で一蹴すると、そのまま駆け出す。目指すは治療中のチョッパーのところだ。

「はっちゃんさんの容態はどうですか?」

ステージ裏からチョッパーめがけて走ってきた守備隊をあしらいながら尋ねる。

「ああ、急所は外れてる。でも予断を許さない状態だ。」

「重体ですね…っと」

今度は入り口から入ってきた。間合いを鑑みて、手に持っていた剣を投擲する。

そのまま縦に並んでいた守備隊の足を綺麗に突き抜け、まるで糸に引かれるように右手に戻ってきたそれに、チョッパーが驚きの声を上げる。

「なんだ、今の!?」

「こういう剣なんです。」

もう一度投げてみせると、また同じように帰ってきた様にチョッパーが感嘆の声を上げる。

「すげえ、すげえ!!ネアって強いんだな」

褒められて、少し得意になる。たまには父親以外から褒められるのも悪くない。

そうこうしているうちに、残りの麦わらの一味も合流したようだ。あちらこちらから守備隊の悲鳴が聞こえる。こちらのワンサイドゲームだ。

守備隊も残り少なくなり、こちらが勝利を確信した、瞬間。

背筋を氷塊が滑り落ちるような感覚に襲われ、思わずネアはステージを振り返った。

覇気だ。それも覇王色の覇気。
このシャボンディ諸島において、そんなふざけた芸当ができるのは思い当たる限り一人。

冥王、シルバーズ・レイリー。

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