01
 夜の街は人影もなく、閑散としている。現在街には厳戒令がしかれ住人は一歩も外へ出ない。
 だが白い麻のワイシャツをゆったり着た男が独り、鞘に納まったままの剣を振り回し、酒の臭いを身に纏ってフラフラと歩き回っていた。
 大通りから一本入った小さな路地で、市場の裏に当たる。脇道はない。

「そこの方、夜は出歩いてはいけない事になっています」

 衛兵の鎧を着た小柄な人影が闇の中らかぬっと現れ、男に声をかける。
 兜をかぶっている為声でしか性別は推し量ることが出来ないが、その声音も高からず、低からず。判断しがたい。

「なんだァ?」

 酔っ払いらしく焦点の合っていない視線を鎧の人物に投げ掛け、男は歩みを止めた。

「ここ数日、殺人鬼が彷徨いているそうだから、夜道は危険だよ」

「そんなヤツに出会ったら、この俺さまが斬り捨ててやるぜ」

 言いながら男は鞘に納まったままの剣を勢いよく振り上げ、体制を崩す。

「威勢の良いことだ……では、お手並み拝見といこうかな。酔っ払いさん」

 鎧の人物は素早く男の懐に入り込み、短刀を喉元へと振り上げる。しかし、その手応えは思っていたものとは違った。

「言ったろ? そんなヤツは俺が斬り捨ててやるって」

 男は剣で短刀を受け止め、唯一の街灯に照らし出された口元にはニヤリと笑みが浮かぶ。

 鎧の人物は兜の奥でハッと目を見開き、軽く一飛びで三メートルばかりは距離を取った。見やれば短刀を持つ手がわなわなと震えている。

「何故そんなに心臓に拘るのか……竜と何らかの関係性があると噂されていたから俺が出張って来たが、とんだ見当違いだったかな」

 鎧の人物はもう一度男に斬りかかる。
 動きは早く、鎧の擦れる金属音も無い為、どうやら本物の鎧では無さそうだ。
 一閃、二閃。
 どれも的確に喉元を狙ってくる。

「首を掻っ切り、気道を確保した後生きたまま心臓をえぐり出す……この街で半年、何人血祭りに上げたのだ」

 これまでと同じ攻撃を同じように鞘に納まったままの剣で受け止め、今度は大きく外側へと弾き、その勢いのまま回転しつつ鞘からするりと剣を抜く。

「心臓……心臓を寄越せ」

 再び距離を取った鎧の人物は、若干肩で息をし始めていた。

「残念ながら、俺に心臓はない。欲しけりゃ何処かに居る赤い竜に頼むんだな……」

 微かに上下していた肩がぴたりと止まる。

「……覚者」

 隙を見逃さず、男が下段に構えたまま一気に距離を詰め、剣を振り上げた。が、流石に軽く躱される。
 再びニヤリとほほを歪めた男は直ぐ様一閃突きで距離を縮め、長剣の重さを感じさせない素早い攻撃を繰り出す。しかし酒の臭いは相変わらずだ。

「生きたまま連れてこいと言われているが、四肢の一本や二本欠けたところで構いはせんだろう」

 鋒が掠り、兜が飛ぶ。するとぐしゃっと鎧が崩れ落ちた。中身は、無い。

「……これじゃあ報酬は無し、か。まだ出るかな」

 男は背後の気配に声をかけた。

「竜の気配がします。きっと、まだ出るでしょう」

 街灯の下へ現れたのは大きな杖を持ち、ゆったりとした緑のローブを着込んだ見るからに魔女といった赤毛の女だった。

「霊体は君の専門分野だ。次回は最初から頑張ってもらうよ」

 男は溜め息混じりに剣を鞘に納めた。
 


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ネタ
 

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