01
 声が、聞こえた。
 それはあたかも、山から浸み出す湧水のように澄んだ透明な声で、低く、とても耳に心地いい。
 遠くから自分の名前を呼ぶ声がある。
 ウィルマにはそれが夢である事が分かっていた。
 なにせここ暫く、毎晩の事だからだ。
 どこから、誰が、何故自分の名を呼ぶのか。
 大きな意味があるのだろうが、今の自分には解らない。
 だが、往かなくてはならない……そう思うのだ。
 真っ暗な闇の中を真っ直ぐ歩いていく。
 もしかしたら夢の中で瞳を閉じているのかも知れない。だとしたら、その瞳を開いた時、声の主の姿を拝むことが出来るのだろうか。
 それはいつになるのか見当もつかない。
 今はまだ、瞳を開くのが怖いから。


 鼓動の音が一つ、鼓膜を鳴らす。
 その鼓動は自分の物ではないはずだ。
 何故なら自分は……“覚者”なのだから。


 すぅっと大きく息を吸い、吐くのと同時に瞳を開く。
 黒く煤けた天井から視線を下げて行くと、明るい陽射しがカーテンとは名ばかりの布きれの隙間から差し込んで来る。
 いつもと変わりない。
 ウィルマはゆっくり寝台から身を起こし、傍らの棚に置かれた盥の水で顔を洗い、無造作に置かれている白銀の鎧を着こむ。
 華奢な体にはとても似付かわない代物である。
 白く、長い四肢が折れてしまいそうな重装備であるが、ここ最近は常に身に着けている。
 国家と言う強大な勢力に逆らったのであるから、いつ、何時、どう言った形で命を狙われるか解らない。
 好きで選んだ道ではないにせよ、自衛はせねば。
 だが、今でも動き回ると息が切れる。
 これで戦場に立てるだろうかと、間近に迫った戦乱を彼方に見た。

「覚者さまー、起きてらっしゃいますか?」

 部屋の外から聞きなれた女性の声が響く。覚者の無二の相方、戦徒の声だ。

「もう起きているわ。今から行くから、待っていて」

「了解しました」

 パタパタと足音が過ぎ去る音を聞きながら、ウィルマは徐に背伸びをした。
 今日は都へ行かねばならない。
 協力者を尋ねに行くらしいのだが、果たして、信用に足る人物なのであるか。自分の目で確かめたかった。
 貴族と言うものを一括りにし、全ての者が信用ならないと言う人間も“革命軍”の中にはいる。
 だが、そうじゃないと言う事をウィルマは知っている。
 今日会う男が、昔のままであればの話だが……。
 

1 / 5
← |目次 |












_____
「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -