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声が、聞こえた。 それはあたかも、山から浸み出す湧水のように澄んだ透明な声で、低く、とても耳に心地いい。 遠くから自分の名前を呼ぶ声がある。 ウィルマにはそれが夢である事が分かっていた。 なにせここ暫く、毎晩の事だからだ。 どこから、誰が、何故自分の名を呼ぶのか。 大きな意味があるのだろうが、今の自分には解らない。 だが、往かなくてはならない……そう思うのだ。 真っ暗な闇の中を真っ直ぐ歩いていく。 もしかしたら夢の中で瞳を閉じているのかも知れない。だとしたら、その瞳を開いた時、声の主の姿を拝むことが出来るのだろうか。 それはいつになるのか見当もつかない。 今はまだ、瞳を開くのが怖いから。
鼓動の音が一つ、鼓膜を鳴らす。 その鼓動は自分の物ではないはずだ。 何故なら自分は……“覚者”なのだから。
すぅっと大きく息を吸い、吐くのと同時に瞳を開く。 黒く煤けた天井から視線を下げて行くと、明るい陽射しがカーテンとは名ばかりの布きれの隙間から差し込んで来る。 いつもと変わりない。 ウィルマはゆっくり寝台から身を起こし、傍らの棚に置かれた盥の水で顔を洗い、無造作に置かれている白銀の鎧を着こむ。 華奢な体にはとても似付かわない代物である。 白く、長い四肢が折れてしまいそうな重装備であるが、ここ最近は常に身に着けている。 国家と言う強大な勢力に逆らったのであるから、いつ、何時、どう言った形で命を狙われるか解らない。 好きで選んだ道ではないにせよ、自衛はせねば。 だが、今でも動き回ると息が切れる。 これで戦場に立てるだろうかと、間近に迫った戦乱を彼方に見た。
「覚者さまー、起きてらっしゃいますか?」
部屋の外から聞きなれた女性の声が響く。覚者の無二の相方、戦徒の声だ。
「もう起きているわ。今から行くから、待っていて」
「了解しました」
パタパタと足音が過ぎ去る音を聞きながら、ウィルマは徐に背伸びをした。 今日は都へ行かねばならない。 協力者を尋ねに行くらしいのだが、果たして、信用に足る人物なのであるか。自分の目で確かめたかった。 貴族と言うものを一括りにし、全ての者が信用ならないと言う人間も“革命軍”の中にはいる。 だが、そうじゃないと言う事をウィルマは知っている。 今日会う男が、昔のままであればの話だが……。
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