ちょうちょむすび | ナノ

成宮鳴 お父さんのあり方

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鳴長男、御幸娘の名前変換ができます。

***

 大学の練習が終わって、携帯に次男からメールが来ているのに気付いた。

―ごめん、しくった。早く帰ってきて―

 兄弟の中で一番気がきいて周りの空気もよめる次男がしくじるなんてと、嫌な予感が頭をもたげた。しかも帰ってきてってことは問題は家の中ってことだ。今、家を我が物顔で占領しているのは、親父だ。自分の家なんだから我が物顔も占領もないけれど、三年前に引退した今、ほぼ一日中、誰よりも家にいる。

「ルイ、飯食ってかねぇ」
「悪ぃ、先帰るわ。何か弟からメールきてたし」

 チームメイトの誘いを携帯を持った手で断った。荷物を手にしてロッカールームから出ようとしたとき、勢いよくチームメイトの一人が駆け込んできた。

「すげぇ美人がいる!」
「マジか!」
「どうせルイのおっかけじゃねぇの」
「うちの附属高の制服着てる」

 美人の一言にロッカールームはいろめきたった。けれど、オレはまた新しい嫌な予感がわいてきた。早く帰るにこしたことない。騒いでるチームメイトを後目に帰ろうと扉をあけた。

 目の前には、つい今チームメイトが話題にしていた「附属高の制服着た美人」が立っていた。確かに美人だ。それもとびっきりだ。けれどオレはその顔を見た瞬間に扉を閉めた。しかしすぐに押し返すように扉を開けられた。

「ちょっと! なんで閉めるのよ!」
「開けんな、女立ち入り禁止だし」

 そう、このとびっきりの美人をオレは知っている。何でこんなとこにいるんだよ…。

「何だよ、やっぱルイがらみかよー」
「オレには関係ねぇよ」
「ひどっ、お風呂も一緒に入った仲なのに!」

 その言葉にチームメイトたちの騒ぎはますます大きくなる。くそ、最悪だ。

「ガキの頃の話だろ。つか、何の用」
「ママから預かりもの」

 手にしていた紙袋をオレに見せて笑う。じゃあと紙袋を受け取ろうとした手は空をきった。葉子は紙袋をさっと自分背中の後ろに隠したからだ。

「車、買ってもらったんでしょ。乗せてってよ」
「買ってもらってねぇ、親父が新しい車買ったから古いの使ってるだけだし」

 何を思ったのか突然、車を買ってやろうかって、親父に言われて、断ったら、じゃあ自分が乗るもんって言って、結局派手な車を買ってきたのだ。単に車を買うっていう行為をしたかっただけのような気がする。

「なー、ルイ。その子、誰なわけ?」

 いい加減、しびれを切らしたチームメイトたちが興味津々で話にわって入ってきた。

「御幸葉子」
「御幸って、まさか」
「え、あのイケメン解説者?」

 オレの父親が元プロ野球選手だとチームメイトたちは知っているので、御幸と聞いてすぐに野球解説者だとわかったらしい。

「そー、私のパパかっこいいでしょ。だから、パパ以下はお断りだから」

 驚くチームメイトたちに、さらりとファザコンぶりを見せつける。御幸さん以上の男なんて、どうやって探すんだよ。呆れてため息が出る。と、葉子がオレの腕に腕をからませてくる。

「パパが認める唯一の男だもんねー」

 オレの顔を覗き込んで笑う。認めてもらった覚えは全くないし。葉子の腕を振り払う。

「離れろって」
「もー、こんな美人に腕組んでもらってうれしくないの」
「お前みたいな子供じゃ、うれしくねぇよ。コイツまだ高1なんだからな、お前らも手出すなよ」

 一応、チームメイトたちに釘をさしておく。ハーフの美人の母親にあの御幸さんの遺伝子で、高1とは思えないくらいスタイルが良くて大人びて見える。だけどオレにしてみれば同じ年の三男と同様に面倒を見てきたから、今も扱いはハナタレ三男と同等だ。

「おい、行くぞ。なんか早く帰ってこいってメールきてんだから」
「はいはーい」
「はいは一回」
「はい」
「ルイって、なんでいつもそう保護者っぽいかな」

 呆れたように笑うチームメイトたちの声を聞きながら、ロッカールームを出た。しょうがねぇだろ。うちは保護者のくせに一番保護者が必要そうなヤツが父親なんだから。

 駐車場に向かう間に、何人かの女の子に声をかけられた。いつも練習を見に来ている、いわゆるファン、あるいはおっかけというやつらしい。その子たちの目がオレの隣を見て剣呑な顔つきになる。あぁ、めんどくせぇ。

 そんな視線を送られる当の葉子はどこ吹く風だ。

「なんだ、いつものワゴンじゃん」
「だから言ったろ。買ったのは親父」

 まだ大学生の身分だ。いくら日本代表に選ばれてもアマチュアはアマチュアで。大学の授業料はもちろん親に出してもらっているし、これ以上あまり世話になる気もない。下にまだ4人もいるとはいえ、金銭面で我が家が困っているわけではないことも重々承知だけど。そこはオレのちょっとしたプライドというか…。まぁ、意地みたいなものだ。

 葉子がワゴンの助手席に乗ろうとして、ジュニアシートに気づいた。

「それ、取って後ろ置いとけ」
「はいはい」
「はいは…」
「一回ね。わかってるって」

 ジュニアシートを取ると、持ったまま助手席に乗り込んで葉子は笑う。

「これが助手席にあるってことは彼女まだできないんだ」
「うるせぇよ」

 できないわけじゃない。ただ長くもたないのだ。そんなに理想は高いつもりはないし、いつだって告白されて付き合って、最終的になぜがふられて終わる。しかもふられる理由がいつもわからないままだ。

 親父なんか高2で遠距離で付き合い始めて早々に結婚して5人も子供産ませたってのに。

 ちらっと横を見れば、葉子はジュニアシートを机にして鞄からお菓子を取り出して食べている。シートベルトをまだしていないのに気づいて手を伸ばした。いつも弟たちが助手席に座ると、シートベルトをしめてやる。だから、それと同じだ。

「…!」
「…は?」

 シートベルトに伸ばしたオレの手に驚いたのか顔を赤くして体をシートに沈めるようにくっつけた。

「シートベルト」
「あ…うん」

 こいつも見た目で損してると思う。下手に美人で気が強いせいで、男慣れしてると思われがちだ。実際はオレ相手でもこのくらいで赤くなるのに。

「もう一回、言っとくけど、お前はオレにしたらハナタレ三男と同等だからな」
「三男はゆるす。でも、ハナタレは外して」
「たれてただろ、お前ら二人」

 4歳かそこらのころの話だけど。でも4つ年上のオレが鼻をかんでやるのを助けてた事実は事実だ。うちの4人の弟と御幸家の姉妹でオレはまるで7人兄弟の長男みたいなものだった。

「ほんとルイってもてない男の見本みたい」

 なぜか嬉しそうに葉子は笑う。もてる男の見本みたいな父親持ってるやつに言われたくない。八つ当たりめいて乱暴に運転してやりたいくらだけれど、弟どもを乗せているいつものくせで、これでもかというほどの安全運転で家へと向かった。


***

 うちの家はガレージからは、玄関に回らなくても家の中に入れるようにしてある。ガレージから入ればすぐ風呂場の隣に出るようになっている。チビたちがサッカーで泥だらけになってもすぐに風呂場に直行できて便利だ。風呂場からリビングもすぐ隣で、いつもならリビングからテレビや人の声が聞こえてくるのに、今日は静かだ。

「あれ、静かだね。誰もいないの?」

 葉子の問いには答えずにリビングの扉を開けた。そしてリビングの光景を目にして立ち止まってしまった。嫌な予感は大当たりだったみたいだ。

「…何、どうしたの」

 オレの後ろからリビングを覗き込んで、その様子に驚いたように葉子はつぶやいた。

 リビングでは次男に五男が縋り付くように抱きついている。三男と四男も頼りなげにその少し後ろに立っている。母親の姿は見えないが、親父がソファの上で仁王立ちして自分によく似た顔の子供たちをすごい形相で見ていた。

 構図としては、親父VS息子たち。

 7年前、親父はメジャーの契約続行を断り日本の古巣に戻ってきた。そして3年前に引退、去年までは少し試合の解説のゲストやバラエティの番組なんかにも出てたけれど今はほとんど家にいる。家にいて、小学校に入学した末っ子の五男と日がな一日遊んでいる。オレから3番目までは、親父に家で遊んでもらった記憶はほとんどないといっていい。4番目はまだ小学校に入ったころに日本に戻ってきているので、多少はあるかもしれないが、シーズン中は家にいないも同じようなものだった。そういう点でいえば、小さい時から親父に遊んでもらっている五男だけが親父に無条件に懐いているといってもいい。その五男が親父に背を向けて次男にすがりついている。

 泣いてねぇのか、いや、大泣きして一段落ってとこか。

 ある程度現状を把握して、部屋の中へと入る。

「ただいま」
「あ、兄貴…」

 次男はオレに気づくと、あからさまにほっとした表情を浮かべた。

「何だよ、またそっちの味方が増えんのかよ」

 あからさまに不機嫌な親父の声。つーか、味方とか、ほんとおまえいくつだよ。

「味方も何も、何がどうなってんのか、さっぱりなんだけど」
「コイツが来んなって」

 さっぱりだと言っているにも関わらず、順序を無視して親父が五男を指さして言う。だから説明しろ。説明を。オレの苛立ちを察したのか、次男がオレを見てため息をついた。

「参観にね、来ないでって言ったみたいなんだ」
「は? 参観?」
「今週末の日曜参観だよ。親父は行く気満々みたいだったんだけど、コイツ、来てほしくないって」

 次男はよしよしと自分にひっついている五男の頭をなでてやる。五男はまた次男にしがみついている手に力をこめた。

「じゃ、行かなきゃいーじゃん」

 つーか、オレら来てもらったことないし。たぶん去年までは四男の参観にも行ってないはずだ。

「行くっつってんだろ!!」

 親父が大きな声を出す。すると五男はまた堪え切れなくなったのか泣き出した。くそ、思わず舌打ちが出た。それがまた親父のカンに触ったらしい。

「何だよ、その舌打ち」
「親父が行かないって言えば話は収まんだろ」
「行くっつってんだろ」
「聞き分けねぇな、大人のくせに」
「永遠の小6ってコピーつけられたオレだぞ!」
「しるか、そんなもん!」

 無意味に言い合いをするオレと親父の間を高い女の声が割って入った。

「私、参観来てもらったことないなぁ」

 どちらの意見にも与することない言葉は、一瞬で緊張状態の空気をほどいてみせた。

「何だよ、葉子かよ」

 いつからいたんだよと親父は毒気を抜かれた顔をしている。そういや、オレも連れてきてたことすっかり忘れてた。弟たちも今気づいたらしい。ハナタレコンビの三男もおぉって顔してる。葉子自身はそんなことどこ吹く風だ。

「6月なんてシーズン真っ最中だもんね。父の日なんてそれこそ球団が父の日デーとか企画してたし」

 そう言われてみればそうだ。日本に帰ってきた年はけっこう何とかデーだし見に来るかとか言われていた気がする。結局オレは引退試合以外は行ってないけど。

「なのにさ、入学式に来るとか急に言うんだもん。私も来ないでって言っちゃった」

 御幸さんは親父違って、テレビ局と専属契約している解説者だから引退した今だって忙しいには違いないはずたけど、それでも娘の入学式に行く時間はとるつもりだったんだろう。

「今さら何よって感じじゃん? そしたら、今さらでも行きたいとか言われちゃって。今まで寂しい思いさせてごめんなって。ほんとバッカじゃないのって」

 たぶん、そんな風に言いながらも葉子は嬉しかったんだろう。少し照れた表情が見える。

「…で、あれか」
「そう。ちょっと後悔した」

 入学式はイケメン解説者のおかげて、ちょっとした騒ぎが起きたのだった。他の生徒たちの母親たちに御幸さんはもみくちゃにされたのだった。

「でも来てもらえて良かったけど」
「来なかったよな」

 葉子と同じ学校に入学した三男が恨めしそうに親父を見た。親父はあせったように、さっきまでの仁王立ちからソファに落ちるように座り込んだ。

「…行った」
「え?」
「行ったって。福ちゃんがオレだってわかったら騒ぎになって迷惑かかるかもしれないから、こそっとっていうから」

 親父はなぜか口惜しそうにぼそぼそと言う。三男はびっくりした表情のまま、親父を見ていた。

「そしたら、一也のせいで大騒ぎじゃん? だったらオレで騒ぎになればよかったのにな! くそ、一也のやつめ!」

 そこか! 自分より先に御幸さんで騒ぎになってたのが気に食わなかったんだな。それで行ったことも内緒のままか。ほんとにどこまでも小6だよ。

「だからさー」

 葉子が次男にくっついている五男の顔を覗き込んだ。

「来てもらえるのって、すごいことなんだよ。いいじゃん、来てもらったら」
「そうだぞ! オレが行くのはすごいことなんだぞ!」

 それでも五男は横に首をふるばかりだ。

「お父さん、すごくないもん」

 五男は絞り出すように口にした。その言葉に親父はもちろん、さすがにオレたち息子も葉子も絶句した。

「あっくんがいつもいえにいるおとうさんははたらいてないから、ニートだっていうんだもん」

 さらに続けられた言葉に親父の形相が変わった。

「おっ、オレの生涯年俸いくらだと思っ…てんだ、よ」

 爆発して叫ぶかと思ったら、それを通り越したらしい。頭を抱えてぐったりとソファに沈みこんだ。

「あっくんに、お父さんが元プロ野球選手だって言ってないの?」

 次男が優しく聞くと、五男は首を振った。

「言ったけど、成宮なんていないっていわれて、うそつきって言われた」
「なんだとー?!」

 親父が憤慨するようにいきり立つ。

「MEIなんて登録名するからだろ」
「いーじゃん、かっこいーだろ!」

 ふんっと親父はそっぽ向く。でもオレが中学や高校の頃は成宮の息子って言われずにすんだのは、登録名のおかげもあったんだろうということはわかっている。親父が引退して、自分の長男がサッカーの日本代表だってマスコミにぽろっと口を滑らしたから今や公の事実になっているけれど、その頃はオレとメジャーリーガーのMEIは無関係だった。だからこそオレは伸び伸びサッカーをしてこれたんだ。

「参観行くぞ! そのあっくんとかいうヤツの親父に一泡ふかせてやる!」

 そんな親父を後目に次男は五男を優しく諭す。

「お父さんが行った方が、嘘ついたんじゃないってわかってもらえからさ。来てもらいな」
「そうそう、うちのパパほどじゃないけど、そこそこ騒ぎになるかもよー」
「そこそこってなんだよ、オレの何が一也に劣ってると?!」
「えー、顔。スタイル?」

 指折り数える葉子に見た目だけかよと言うと、葉子は笑った。

「性格はどっちもひどいもんだもんねー」

 そうだねと次男も笑って同意する。三男は四男と顔を見合わせて笑うけれど、四男の顔が少しさえないのに気付いた。四男は6年だ。1年の五男のところにだけ親父が行くつもりに思えたのだろう。意外にそこは心配ないと思うけどな。

「お前も嘘つきとか言われてねぇだろうな。見てろよ、みんなびっくりさせてやる!」

 親父は四男を指してドヤ顔だ。四男は大丈夫だよと、嬉しそうに笑った。


***

「もう少し御幸さん見習って働けばいいのに」

 そうしたら、ニートだなんて言われることもなかったろうに。機嫌をなおした五男を満足そうに抱っこする親父とそれを囲む弟たちを少し離れたところから見て思わずひとりごちた。

「お父さんしたいんだって」
「えっ、あ、おかえり」
「ただいま」

 買い物に行ってたらしい母親が帰ってきていた。

「えーと、どういうこと?」

 お父さんしたい、って。

「あの子だけ、野球選手のお父さんの姿をちゃんと覚えてないのよね」

 引退試合は家族で見に行った。3年前、五男はまだ4才になる前だ。

「あなたたちは野球選手のお父さんを知ってるでしょ。ちゃんと。でもあの子だけ知らないから…せめて、お父さんとしてちゃんとしたいんだって。それで仕事も福ちゃんに無理いって減らしてもらって…」

 そんなこと考えてたなんて思わなかった。そんな驚きが顔に出たのだろう。母親はポンとオレの背中を叩く。

「あなたたちにしたら、野球選手としてよりもお父さんして欲しかったかもしれないけど、これからもそれは出来なくはないじゃない? でも野球はねぇ」

 と、母親は親父を見つめる。

「最高の状態ではもう見せてやれないって、引退したの」

 意外にもあっさりとした引き際は話題になったことを覚えている。今でもまだ、もう少しできたんじゃないかって惜しまれてるくらいだ。

 バカバカしいほど大人げのない親父のくせに。どうして。本当にどうして。いつも親父には敵わないと思わせられてしまう。


「そろそろ一緒にお酒飲みたいなーって言ってたわよ」

 何がおもしろいのか母親は笑ってオレの背を押した。

 さっきまで間違いなく楽しくやっていたはずの弟たちと親父がまた何かもめだしている。葉子まで入ってて面倒この上ない。しょうがねぇなぁ。ため息をつきつつも、その仲裁に、いつものようにオレは入った。

 ―だいたい、何が酒だよ。オレより弱いくせに―。






20150821


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