夢 | ナノ

恋ふるふりおちる

 昼休みの教室で、私は課題のプリントとにらめっこ。机を向い合せにして、沢村くんも同じプリントを前に唸っている。その横には金丸くんがノートをまるめて、いつでも振りかぶれるように持って立っていた。

「だから、そうじゃねぇっ!」

 スパーンといい音がする。目の前で沢村くんが金丸くんにノートで殴られたのだ。さすが野球部というか、あまりの腕のふりの速さに私は驚きのあまり言葉も出ない。

 私の様子に金丸くんは、花沢はいいんだと言う。けれど沢村くんが口を尖らした。

「なんだよ、花沢の写したのに!」
「ごっ、ごめん! 私のが間違ってたんだよ!」
「写しといて文句言ってんじゃねぇ!」

 わなわなと震えて金丸くんはもう一度、沢村くんを殴った。この殴られた二発は私のせいってことだと思うと、沢村くんに申し訳なくて仕方ない。

「だいたい、おまえは点数悪くての再提出で、花沢は休んでたからなんだから、立場が同じだと思うなよ」

 でも、間違ってすいません。

 思わず体をすくめると、頭の上で金丸くんがため息をついたのがわかった。

「悪ぃな、花沢。コイツ、アレすぎるからよ」
「ふんぬーっ! なんだよ、アレってアレってアレすぎるって!」
「貴重な昼休み使って、見てやってんだ。ありがたく思え!」

 そうして、もう一度、教室にスパーンときれいな音が響く。沢村くんは、くそーって涙目だ。そんな沢村くんに大丈夫?と顔を覗き込む。沢村くんは私の方に手で口元を覆うようにして顔を寄せてきた。

「鬼だよな、金丸」

 その言葉に私は笑うしかできない。金丸くんのおかげでプリントが進んでいるのも事実だからだ。さらにくっつきそうになるくらい私に顔を寄せてきて、小声で文句を言おうとする沢村くんの顔が私の鼻先で机にめりこんだ。金丸くんが上から抑え込んだからだ。にひょっとつぶれた声を出す沢村くんに金丸くんのこめかみがぴくぴくしている。

「い・い・か・げ・ん・に…しろっ!」
「ごめんなさい」

 つい私が謝ってしまう。すると金丸くんはちっと舌打ちをして沢村くんを解放した。

「とにかく、早くやっちまぇ。花沢も。コイツに付き合ってたら終わらねぇぞ」
「うん、ありがとう」

 不得意な科目だから、どうしても進みが悪い。それに、さっきの金丸くんの私へのため息や舌打ちが心を重くしていた。沢村くんは野球部だから、金丸くんが世話を焼くのも当然かもしれない。でも私はオマケだし。ずいぶんと迷惑をかけちゃったのじゃないかなと思う。呆れられちゃったかな。ううん、嫌われてしまったかも。それは…イヤだな。

 プリントを見つめながら、問題は頭の中を素通りで、知らずにため息が出る。と、目の前に人差指が現れた。

「ここ、こっちのこれ」

 頭上からの声は金丸くんだ。さっきよりもいくらか優しい声色で金丸くんは私の間違いを訂正してくれた。気をつかってくたれのかな。

 顔を上げると金丸くんと目が合う。金丸くんはやっぱり、ちょっと怒ったような顔のままだ。その顔を見るのが辛くて、つい顔を伏せてしまう。せっかく教えてくれたのに、こんな態度してちゃダメなんだろうけど怒った顔を見ている勇気はない。とにかくお礼だけは言わないと。プリントを見たまま、ふりしぼるように私はお礼を口にする。

「あの、ありがとう」
「おう」

 金丸くんはそう返事してくれたけど、そんな短い返事では、もう怒っていないかどうかなんて、うつむいたままの私にはわからなかった。


*****


 あぁ。頭を抱える。せっかくのチャンスにオレは何してんだよ。

 昼休み後の授業は、どんな教科でも、ゆったりと眠たい空気が教室を漂う。何人かはすでに船をこいでいる。そんな中、オレは昼休みの自分を殴りたくて仕方なくて一人で殺伐としていて、眠気なんてきやしない。

 花沢、オレのことびびってたよな。

 目の前であんなにも沢村をバカスカ殴れば、乱暴な男だと怖がられても仕方ない。

 だいたい、沢村も沢村なのだ。花沢が優しいのにつけこんで、一緒にやろうなんて言うから。いや、そこまでは、まぁ、オレ的にラッキーだったからヨシとする。プリントをする沢村の面倒を見るという名目で昼休みに花沢といれることになったのだから。ただ、そこからか問題だった。

 沢村のやつは花沢に近づきすぎた。顔を近くによせたり、二人で小声で話そうとしたり。そんなこと、オレが許せるわけがない。嫉妬なんてしていい立場じゃないけれど。それでも好きな女に他の男が近づきすぎるのは面白くない。おかげで沢村を殴る手にもいつも以上に力が入る。そしてそんなオレを花沢がびびるのも無理はない。悪循環ってやつだ。

 花沢は吉川と仲がいい。どこか頼りなげな二人は、そのまとう空気がいつもやわらかく感じて、おだやかだ。吉川は野球部のマネージャーだし、沢村と仲良くしている。その流れで沢村は花沢とも仲良くしている。オレも野球部だけどあいにくそんなにも吉川と親しくはしていない。だからもちろん花沢とも沢村に比べれば距離がある。

 その距離を縮めたいけれど、それがなかなか難しい。だから、この昼休みは千載一遇のチャンスだったはずなのだ。なのにオレときたら…。

 怖がらせてどうすんだよ。くそっ。

 後悔してもしきれない。時間が戻せるなら戻したい。そんな叶わない願いを込めて、オレよりも前方の席にいる花沢の背中を見つめる。と、その手前に沢村の背中が見えて、また腹立たしい。

 しかも、アイツ船こいでやがる。斜め前の席の女子をシャーペンの背でつつく。胡乱な目でオレを振り返る女子に沢村を起こしてくれと頼む。女子はななめ前の沢村の脇をちょんちょんとつつく。そんなもん、ドスっと横っ腹に一発入れてやればいいのに。このクラスの女子ときたら沢村に甘いったらない。

 起こされた沢村はビクッと大きく動いたものだから、その前の花沢までびっくりしてビクッとする。花沢は沢村を振り返ると照れくさそうに笑ってて、それはたまらなくかわいかった。ただそれが沢村に向けられているということが、オレには口惜しさと切なさが混じって、なんとも言えない気持ちになった。


*****


 野球部のグラウンドに近づくにつれ、掛け声が大きく聞こえてくる。放課後にこうして野球部のグラウンドに来るなんてことなかったせいか、一生懸命練習している部員たちの様子に、自分はひどく場違いな気がして落ち着かない。

 私が手にしているプリントは、昼休みに一緒に提出した沢村くんのもの。帰り際に先生から渡されたものだ。

「は、春ちゃん」

 グラウンドの脇でマネージャーとして仕事をしている、友達の吉川春乃ちゃんをみつけた。先生から預かったプリントを春ちゃんから沢村くんに渡してもらおうと思って声をかける。でも春ちゃんは、何だかマネージャーとしての仕事に一生懸命で私に気づいてくれない。

 困ったな。

 プリントは明日の朝に提出するように沢村に言っておいてくれと先生からの伝言もある。今、渡しておかないと明日の朝に出すことは難しいだろう。だからといって、練習中の沢村くん本人を呼ぶのは気かひける。

「春ちゃん」

 少し大きな声で呼ぶ。近くにいた部員の何人かがが私の声に気づいてこちらを見た。でも肝心の春ちゃんは気づいてくれない。知らない部員に見られているのは、けっこう恥ずかしい。

「は…」
「春市!」

 私がもう一度、春ちゃんを呼ぼうとしたとき、すぐ近くにいた部員が誰かを―春市と呼んだ。春ちゃんのあだ名か何かかなと思ったら、見覚えのある男の子が呼んだ部員の元に走ってやってきた。

「兄貴、何?」
「お前のこと呼んでる」

 そう言うと、その人は私を親指で示した。呼ばれてきた彼は首をかしげている。そりゃあ、そうだ。私が呼んだのは彼じゃないから。

「あ、あの、私、吉川さんを…」
「あぁ、吉川さん。兄貴、吉川春乃さんを呼んだみたいだけど」
「えっ…。あ、そ」

 何とも言えない空気が私たち三人の間に流れて、いたたまれない。すいませんと頭を下げると、兄貴と呼ばれた人はこっちこそごめんねと笑ってくれた。呼ばれた彼は確か、時折沢村くんのところにきていた隣のB組の子―小湊くんだと思い出す。

「今、休憩中だから吉川さんたち忙しいんだ。ちょっと待ってて、呼んでくるね」

 小湊くんはそう言うと、颯爽と走っていく。そういえばクラスの女子がかわいいって騒いでたな。そのお兄さんは似ているのにかわいいというよりも頼もしく見える。背はあんまり高くないけど。私の視線に気づいたのかお兄さん、小湊先輩はちょっと首をかしげた。

「で、わざわざ部活中に何の用事なの」
「あ、あの、沢村くんに課題を渡すように先生に言われたんです」
「…再提出とかいわないよね?」

 小湊先輩の口調は柔らかなものから冷やかなものに変わった。ちょっと怖い。これ、正直に言っていいのかな。何となく、本当のことを言うと沢村くんが怒られそうな気がしてためらってしまう。どうしようと逡巡していると金丸くんが気が付いてやってきた。

「花沢…何してんだ」
「金丸くん」
「金丸、これ」

 私が金丸くんに差し出そうとしたプリントを小湊先輩はぱっと私の手から取ると金丸くんにつきつける。

「まさか、再提出とかじゃないよね?」
「え、あ、これっ…! あいつ出来てないまま出してんじゃねぇか」
「金丸ついてて何してるわけ」
「すいません」

 なぜか金丸くんが怒られ出した。どうしよう。金丸くんは渋い顔で私を見た。

「これ、何て?」
「あ、明日の朝出すようにって先生が…」
「お仕置きだね。沢村も…金丸も」

 小湊先輩はニヤリと笑う。お仕置きって、何か怖い。金丸くんも青くなっている。

「えーと、バス?電車?」

 小湊先輩は私の顔を見る。私の通学方法を聞いているのだと気づいたけれど、どうして今それを聞かれるのかわからない。でも答えないでいられる空気でもない。

「あ、バス、です」
「じゃあ、金丸、バス停まで彼女送ってきな」
「えっ。あの、大丈夫ですから」
「送った後は、バス停から全速力でダッシュして休憩時間内に帰ってきなよ。これはオレが渡しておくから。休憩時間内に間に合わなかったらどうなるかわかってるよね?」

 私の言うことなど聞こえなかったかのように、小湊先輩はプリントをひらひらと掲げた。金丸くんは青い顔のまま直立不動でハイっと大きく返事する。

「ほら、行くぞ」

 金丸くんは私の前にたって歩き出した。その背を追いかけるように小走りになると、後ろからまた小湊先輩の声がした。

「彼女に合わせて歩く! 鞄持つ!」
「は、ハイっ!」

 金丸くんは歩調をゆるめて、私の横につくと私の鞄に手を伸ばした。

「ほんと、大丈夫だから」
「いや、頼む、持たせてくれ」

 マジで先輩怖いんだよとささやくように付け足した。そうなんだ、やっぱり先輩って怖いものなんだ。申し訳ないと思いながら金丸くんに鞄を持ってもらうことにした。

 私の歩調ではきっと、戻る時に走っても間に合わないのではないかと思って、さっきの金丸くんのスピードくらいの早歩きをする。

 それがわかったのか金丸くんは、ちょっと顔をしかめて、悪いなとつぶやいた。


****


 棚からぼたもち。

 そんな言葉が頭に浮かんだ。もっともその表現が正しいかどうかはさておき。散々沢村の面倒を見て苦労した分のご褒美だろうか。とはいえ、これにはかなりの危険も潜んでいる。時間内に戻れなかった時のことを考えると恐ろしくて浮かれてばかりもいられない。

 花沢は申し訳なさそうに、必死に前を向いて早歩きをしてくれている。普段運動をあまりしていないのか、少なからず息も上がって苦しそうだ。

 喜んでる場合じゃねぇんだよな。花沢に無理を強いているのだ。いつも花沢に迷惑をかけている気がして気がひけた。

「金丸くん」

 校門が見えると花沢は歩調を緩めて、オレを見た。

「ここまで来たら大丈夫だよね。もういいよ」

 肩で息をしてそう言うとオレが持っている自分の鞄に手を伸ばした。

 ここまで来たら大丈夫、とはグラウンドからは見えてないところまで来たから大丈夫だという意味だろう。バカ正直にバス停まで送る必要はないと花沢なりに気を使ってくれたのだろう。

 でもオレはバカ正直にバス停まで送るつもりだった。というよりも、送りたかった。

 手から鞄の重みがなくなる。花沢は意外にも強引にオレから鞄を取っていく。そんなとこに、オレから離れることに強い意志を見せなくてもいいのに。いつも柔らかに、ほんの少し困ったように、それでも嫌な顔をぜすに沢村の相手をしているくせに、オレのことは簡単に切り離すのか。

「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「…いや。つーか、迷惑かけたの沢村だろ」
「うん、そうだけど、なんか金丸くんを巻き込んじゃって、ごめんね」

 オレを巻き込んでいるのも謝らなくてはいけないのも花沢ではなくて沢村だ。

「おまえ、沢村の何だよ」
「…え」
「オレを巻き込んだのは沢村で花沢じゃねぇだろ。謝る必要ねぇよ」

 ごめんなさいと小さく聞こえて、その震えた声にはっとした。オレの言葉には思いのほか嫉妬のせいで棘に包まれていたのだ。

「あ、いや、悪ぃ」

 慌てて謝罪の言葉を口にしても、花沢はうつむいたまま、うんうんと頷くだけでオレの顔を見もしない。ちゃんと誤解を解きたいのに時間もない。もう戻らなければ…。

 くそっ。

 無意識に出た舌打ちが、さらに花沢の体をこわばらせたのがわかって後悔が襲ってくる。

「マジで、花沢は悪くないから。なっ」

 取り繕うように何とかそれだけ言って、ダッシュでグラウンドへと戻る。頭の中に渦巻く後悔を振り切るようにオレは走った。



*****




 休憩時間内に花沢を送ってグラウンドに戻ることができた。小湊先輩は特に何も言わなかった。ただちょっと意味深な笑みを口元にたたえていたことに恐怖を覚えた。そして周囲の先輩たちもニヤニヤしていたり、睨むような視線を向けてきたりしていた。

 嫌な予感は夕食後に形になって表れた。先輩たちが花沢との関係を聞き出そうとオレを囲んで圧力をかけてきたのだ。小湊先輩の本当のお仕置きってきっとこれだ。

 何とか沢村の一件を説明してただのクラスメイトだとわかってもらって解放してもらうのに30分は先輩たちに拘束されてしまっていた。

「大変だったね」
「東条…」

 高校入学前からのチームメイトの東条が同情するようにオレの背中をポンポンと叩いた。

「でもさ…あの子、かわいかったね。信二のタイプだよね」
「…え、いや、なんで…」

 伊達に付き合いが長いわけじゃない。あっさりと見破られて取り繕うこともできない。

「上手くいくといいねぇ」

 裏心ない顔で言われて、ごまかすこともできない。はぁとため息が出てしまう。

「何?」
「オレ嫌われてるかもしんねぇからさ」
「考えすぎでしょ」

 東条は笑う。

「マジで。ちょっとキツイこと言っちまって…」
「じゃあ明日謝んなよ。ぐずぐず悩むの信二らしくないじゃん」

 そうだよな。

 東条に背中を押されるような形で前向きになる。それと同時に東条だったら花沢に嫌われたりしないんだろうなと思って、その優しい笑顔を羨ましく思った。





*****


 金丸くんを怒らせてしまった昨日のことを思うと、憂鬱で教室に入る足も心なしか鈍る。

「花沢!」

 教室に入った瞬間に沢村くんに呼ばれる。返事をするより早く沢村くんは矢継ぎ早に話しだす。

「悪かったな、昨日。プリントなんとかやってさっき出してきたから!」
「…あ、うん、良かった」
「花沢のおかげたよな、なっ、金丸!」

 沢村くんは少し離れたところにいた金丸くんに親指を突き出した。金丸くんはすごい勢いで沢村くんの前までくると、持っていたノートを丸めてスパーンと殴った。

「いっっ、痛っ!」
「何、呑気なこと言ってんだ、どんだけ花沢に迷惑かけたと思ってんだよ」

 そう言ってさらに振りかぶるのを見て、沢村くんは私の背中に回り込む。

「あの、私、大丈夫だから」
「花沢〜いいヤツだな」
「何がいいヤツだなっだ。沢村おまえほんとにいい加減にしとけよ」

 金丸くんは私越しに沢村くんをにらみつける。思いもかけず二人の間に入ってしまって困ってしまう。昨日のことがあるから金丸くんにどう接したらいいかもわからないのに。

 金丸くんはふーっと大きく息を吐くと、振りかぶっていた手を下した。それにほっとしたのか沢村くんは私の後ろから飛び出して逃げて行ってしまった。

「あ、テメェっ」

 逃げる沢村くんを目で追って金丸くんは舌打ちすると、私に向き直った。てっきり沢村くんを追っていくと思っていたので不意打ちで目が合ってしまった。

 あまりに真剣な目で、目をそらせない。

「昨日、悪かったな。何か八つ当たりしちまって」
「ううん。私の方こそ怒らせるようなことしてごめんなさい」
「いや、だから。花沢悪くねぇんだよ。だから…花沢に謝られるのが一番辛ぇ」
「…うん」

 思わずごめんなさいと口から出そうになって、慌てて飲み込んだ。

「花沢が沢村に甘いのが腹が立つ」
「…えっ」
「沢村と仲良くしてるのも腹が立つ」
「…」

 金丸くんの言いたいことがわからなくて、一生懸命どういう意味なのか考える。結論が出る前に金丸くんの言葉がさらに続く。

「オレのこと怖いんだろ」
「怖く…はないけど」
「けどなんだよ」
「私のこと嫌いなのかなって…」

 金丸くんは目を瞑って天を仰いだ。しばらくそうした後、金丸くんはひどく弱々しい顔をして笑った。

「…花沢はオレのこと…嫌いか?」

 意外な金丸くんの問いかけに驚いた。金丸くんが私からどう思われているかなんて気になるとは思っていなかったから。

 ううんと首をふる。金丸くんはほっと息をついた。

「嫌われたくなくて、迷惑かけたくなかったんだけど、昨日もバス停までなんて大変だし、だから…」
「あ、あぁ。うん。いや、そうか」

 私のまとまらない言い分に金丸くんは察してくれたのか、納得してくれたようだ。

「オレにバス停までついて来られるのが嫌なのかと思って…キツイ言い方しちまって、悪かった」

そうか、そうだったんだ。嫌われたくなくて良かれと思ってしたことが、かえって金丸くんを怒らせたのだとわかった。

 嫌われていたわけではないとわかって、ほっとして、つい笑ってしまった。無意識にその顔のまま金丸くんを見上げる。お互いの誤解がとけたらか、きっと金丸くんもほっとして笑ってくれてると思ったのに。

 ―金丸くんの顔は、照れたように少し赤くなっていて、その赤さは私にも、その色をさらに濃くして移してしまった。


*****

 バレた!

 絶対にオレが花沢のことが好きだと花沢本人にバレたに違いない。

 オレの顔を見たまま、笑顔から驚いたように顔を赤くした花沢にそう確信した。どうする。

「…」

 とにかく何とか繕おうと口を開こうとした時、チャイムが鳴った。周りが自分の席に着くために動きだす。オレもその周りに流されるように目は花沢を捉えたまま自分の席へと戻った。

 花沢がどう思ったのか。胸がドキドキして爆発してしまいそうだ。オレよりも前方の席にいる花沢の後ろ姿を盗み見するみたいに顔を覆った手の隙間から様子をうかがった。

 沢村がまた花沢に何か言っていて、花沢は振り向くと笑って何か言う。それにまた沢村が笑っていて、なんでオレはこんなの見てんだと腹立たしくてならない。ふと花沢がオレを見た。目があった。オレより先に花沢が顔を赤くして、勢いよく前を向いてしまった。

 その様子に沢村がオレを見た。

 おまえがこっち見てんじゃねぇ。

 キッと睨みつけてすぐに顔を沢村からそらした。

 花沢がどう思っているのかだけが気になって、胸の中を暴れるようにその考えが駆け巡る。答えはオレの中にはないから、ただただ答えを得られずにやきもきしているだけだ。

 くそ。

 さっさと告白してしまおうか。

 オレに嫌われてるんじゃないかと思っていた花沢は、嫌いどころか好かれていたと知ってどう思っているだろう。

 花沢は優しいし、押し切ったら彼女になってくれるんじゃないかなんて浅ましいことまで考えてしまう。そう、花沢は優しいから、だからこそ花沢が嫌だと思うことはしたくない。長々と困らせるくらいなら、いっそ清々しく散ってしまうか。

 いや、なんで振られるって決めつけてんだ、オレは!

 後ろ向きな自分の考えてに頭を振った。

 オレが嫌っているわけではないとわかって花沢は笑ってくれたんだ。望みがないわけじゃないだろう。花沢のオレにむけられた笑顔一つで花沢への好意を隠せずに顔に出してしまったようなオレは、こんな中途半端な時間は耐えられない。

 答えがどうあれ、自分の気持ちは男らしくさっさと告げてしまおうと腹を決めるのに時間はかからなかった。


****


 顔が火照っただけじゃない。心臓がドキドキとうるさい。私の席から後ろにいる金丸くんの存在を驚くほど感じて、何も考えられない。

 違うよね。

 何度もそう言い聞かせる。

 勘違いだよね。

 そうも言い聞かせる。

 でも、と。あの金丸くんの顔が浮かんで私の心を占めてしまう。

 いつも怒ってるようなぶっきらぼうな表情をしていた金丸くんが初めて見せた、あんな顔。私のことを嫌っていたわけじゃない、そうわかっただけでよかったのに。

 照れたようなあの顔は、私を自意識過剰にしてしまう。

 嫌われていないとわかって、ほっとして。だから、欲張りになってる。好かれているといいなって、だから、あの顔を勘違いしてるんだ。無理矢理そう結論づける。

 だって、これで違ったら…。

 違ったら、何? 自分の考えにはっとする。金丸くんに嫌われたくないと思ってしまった時点ですでに私は、金丸くんが好きだったのだと、気づいた。ということは、金丸くんのあの顔は、私が自覚するよりも早く金丸くんのことが好きだって本人にバレたからだったのかも。

 そこまで考えつくと一気に血が逆流したかのように頭と顔を火照らせていく。何て恥ずかしい。金丸くんが私をなんてよく考えられたものだと自分で恥ずかしい。何のことはない自分が金丸くんのこと好きなのだ。それを自分のいいように考えて、都合いいようにねじまげて、あの金丸くんの表情に理由をつけてしまった。

 穴があったら入りたいってこういう時に思うことなんだなんて、そんな風に他人事みたいに感じている場合じゃないのに。

 だって。

 金丸くんに私の気持ちを知られてしまったのだから。まだ生まれたばかりのこの感情をどう扱えばいいかもわからないのに。それでも気づいた気持ちは溶けだしたように心にあふれだした。そして、あふれてしまったものはもう戻らない。




****


 地獄のように長く感じた授業が終わった。とにかく一刻も早く楽になりたい。いや、もちろん振られたい訳じゃない。それでも上手くいく可能性なんて沢村がノーヒットノーランのうえにバントを失敗するくらいだとも思っている。

 それでも。

 気持ちを知ってもらいたい。ぶっきらぼうな態度しかとれないけれど、けっして花沢を嫌いでないことを知ってほしい。

「花沢…」

 まだ席についたままの花沢に後ろから声をかけると、その肩がびくりと揺れる。その様子がオレの胸をしめつける。

「あのさ、ちょっといいか」
「あ、うん、あの、私も」

 立ち上がる花沢は思ってたよりもしっかりとした瞳でオレを見た。もっと怯えられて拒否されるのではないかと思っていただけに、少しほっとすると同時に拍子抜けもする。

「ここじゃなんだし」

 そう言って廊下へ促すと、うんと頷いて花沢は教室を出る。オレも続いて廊下に出た。あまり移動のない休憩時間のようで廊下にはあまり人がいない。大きな声を出したら響きそうだ。

「あの、あのね」

 周りの様子を気にしていたら花沢にブレザーの袖をひっぱられた。目線を花沢に向ければ、こちらを見上げる不意打ちの可愛さにぐっと体中の熱が上がる。

「私ね、金丸くんのこと好き」

 さらなる不意打ちにオレの思考は停止した。

「それだけ言っておきたくて」

 早口でそう付け加えると、花沢は黙ってうつむいてオレの袖を掴んていたその手を離した。わずかになくなった袖の重みが名残惜し気に、その手に引力があるかのようにオレの手がついていく。掴んだその手は初めて知る女子の手で、熱く感じるのは自分の体温なのか花沢の体温なのかもわからない。

 驚きと照れが混ざった顔で花沢はオレを見ていて、あぁ、言わなきゃと頭の中ではわかっているのに、言葉以上のものが手のひらに乗ってしまっていて、口にする言葉が残っていない。

「金丸くん…あの」

 先に言われてしまったことにも情けなさを感じながら、意外な花沢の強さみたいなものを目の当たりにして出てきた言葉は素直に思ったことだ。

「何か尻にしかれそうな気がするわ」
「え…」

 掴んだ手の角度を変えてきちんと手をつないで、花沢をちゃんと見る。

「オレも花沢が好きだ」

 照れてしまってぶっきらぼうになってしまったけれど、大きな声ではないけれどちゃんと届くように、しっかりと口にした。花沢はとても嬉しそうに笑ってくれて、この笑顔がオレに向いたことがたまらなく幸せで、オレはしまりのない緩む顔を隠すこともしなかった。


20171013


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