夢 | ナノ

お付き合い始めます

きっかけは些細な事で、本郷くんに話せば少し眉をよせて、だからなんだって表情を浮かべるんじゃないかと思う。
けれど、ひとたび心に芽吹いた、恋心というものは少しずつ少しずつ大きくなっていくばかりで、消えることはなかった。

そんな風に大きくなっていく気持ちにバレンタインという恒例行事がやってきて、私は例にもれず本郷くんにあげるためにチョコレートを用意していた。

野球部はこの夏に甲子園で優勝していて、当然一年生として活躍した本郷くんはモテモテになるだろうと思って、無意味にヤキモキしていたのに。残念ながらというか、私にとってはラッキーなことにその予想は大いに外れてくれた。

本郷くんは無愛想でとっつきにくくて、最初はきゃぴきゃぴと周りに集まっていた女子たちもいつの間にかすごすごと退散してしまったのだった。

だから今更バレンタインに本郷くんにチョコレートをあげようなんて思う女子は学校では私だけだったみたいで、周りにまぎれて勢いで渡してしまおうという私の思惑は外れてしまった。

どうしようかな。

ちょうど廊下では円城くんが何人かの女子に囲まれていて、その少し離れたところで本郷くんは一人で立っている。どうやら円城くんを待ってるみたいだ。

渡すチャンスといえばチャンスだけど、勇気が出ない。

教室の中から本郷くんをチラチラと盗み見る。これじゃあ、ストーカーみたいだ。そう気づいて、自分自身が情けなくなってくる。

円城くんが取り巻いている女子から離れたら、そのまま本郷くんと二人で部室に行くんだろう。そうなってしまえば、呼び止めることなんて不可能だ。

円城くんを見る。まだ大丈夫そう。そう確認して本郷くんを見た。そのとたん、目が合った。

本郷くんの目は力強い。その力強さに魅力を感じているのに、いざ自分の目と合ってしまったら耐えられなくてすぐにそらしてしまった。しかもとっさに手にしていたチョコレートを背中に隠した。

自分の行動があまりにも挙動不審でいたたまれない。

「蓮司」

本郷くんの感情の乗らない低い声。その声が思っているよりも近くで聞こえて、そのことを疑問に思うと同時にひじをつかまれて教室から廊下に引っ張り出された。

見上げれば私のひじを掴んでいるのは本郷くんだった。

何が、どうなっているのか。

ぐいっと強い力で私は円城くんの前に引っ張り出された。

円城くんを取り巻いている女子たちは、びっくりした顔をして私を見ている。円城くんはいたって冷静に「花沢?」と私の名前を口にして、本郷くんを見た。

本郷くんは何も言わずに私のひじを更に前に引っ張る。そうすると今まで背中に隠していたチョコレートが前に出てくることになって、まるで円城くんに差し出したようになった。

円城くんは私を見て、チョコレートを見て、本郷くんを見た。

「正宗。これオレじゃないと思うけど」

そう! そうなんだけど、どうしてそれが円城くんにわかるのか。そしてそんな私の考えもわかったらしい。

「いや、花沢って正宗に惚れてるでしょ」

そう! だから、なんでそれが円城くんにわかるの!

私の思いは言葉にならず、ただ口をぱくぱくとさせることしかできなくて、ほぼ隣にいる本郷くんの顔を仰ぎ見ることもできない。

くすっと意地悪な笑い声が聞こえた。ちらりと視線だけ上げれば円城くんを取り巻いていた女子たちが気の毒〜なんて到底本心では思ってもいない言葉を口にしていた。

恥ずかしさとか情けなさとか、思ってもいなかった状況に、覚悟していた失恋よりもいたたまれない気持ちでいっぱいになった。

火照った顔をどうにかしようと力を入れれば、こめかみが痛くて泣きたくなる。痛いから泣きたいのか、泣きたいから痛くなっているのかすらわからない。

「ふーん」

聞き取れるような取れないような低い声がして、私の手からチョコレートがなくなった。取ったのは本郷くんで、本郷くんは私のチョコレートの包みを自分の目線の高さまであげてマジマジと見た。そのままチラリと私に視線を向ける。

「ん」

本郷くんは小さく頷いた。

「正宗にもついに彼女ができたな」

円城くんの言葉に私も、取り巻いていた女子たちも驚いて円城くんと本郷くんを交互に見た。今のやりとりで私と本郷くんの関係はかなり進展したらしいけれど、どこでそれを判断すればいいのかわからない。チョコレートを受け取ってくれたからだろうか。

本郷くんはちらりと腕時計を見て、円城くんを見た。

「あぁ、そろそろ行くか。じゃ、花沢。正宗のことよろしくな」

ポンっと私の肩を円城くんが叩くと、ほぼ同時に本郷くんが円城くんの頭を殴った。

「いや、嫉妬早すぎだろ」

円城くんはやれやれと肩をすくめて、本郷くんの先を歩いていく。本郷くんは少しだけ立ち止まって私を見ると、ん、と頷いて円城くんの後を追うように歩いていった。その背中を見送って、まだ整理のつかない頭の中に、ゆっくりと驚きと喜びが湧いてきた。

「何、今の」
「マジ?」

私の言葉にならない気持ちをシンプルに円城くんを取り巻いていた女子たちが言葉にしてくれた。

「苦労しそう」

…それは聞かなかったことに、させてください。



20151014


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