夢 | ナノ

ずうずうしいほど首ったけ

 くちびるが、むにっと触れて離れていった。

 もっと、体中がぞわりとするような未知なる感覚に襲われるのではと、身構えてたわりには、くちびるの感触はよくわからなくって、拍子抜けしてしまう。

 そっと目を開けると、目の前にはグーにした手の甲で口元を抑えている御幸がいる。目を私からそらしているのは照れているからだ。その姿を見て、私は今まで感じたことがない胸の高まりを感じた。キスする前の緊張よりも、ドキドキと胸がうるさくなる。

 ちらりと私に視線を戻した御幸と目があって、私の体温が上がったのがわかった。急にキスをしたことが恥ずかしくなる。さっき一瞬でも「キスってこんなものか」と思っていた自分が嘘のよう。

 キスはただ、くちびるを合わせた感触だけのものではないんだと知った。それが私と御幸の初めてのキス。



 昨日テレビで見た天気予報の通り、今日は気持ちのいい小春日和。特別教室棟のベランダはカップル御用達で、等間隔に離れて死角を上手に使って自分たちの世界に入っている。天気に負けず、ぽかぽかいちゃいちゃ。多分にもれず、御幸と私もその一組。

 だから、と御幸はベランダの手すりを背にして人差指をたてる。

「付き合って一年以上経ってて」

 さらに指をVにする。

「付き合ってから2度目のオレの誕生日」
「それで?」

 私は御幸の言いたいことがなんとなくわかってきたけれど、一応先を促す。

「去年よりグレードアップしてほしいなぁと思う・わ・け」

 まるで語尾にハートマークがつくような言い方とにやりと私の顔をのぞきこむ顔が何だか憎たらしくて、御幸の鼻をつまんだ。

「あつかましい」
「なんへらよ」

 鼻をつままれたまま、口をとがらす。

「プレゼントの催促なんて」
「おいおい、葉子が何が欲しいって聞いたんだろ」

 御幸は鼻をつまんでいた私の手をにぎって、自分の鼻から離すと、その手をそのまま自分の口元にもっていく。食べられてしまうと思えるほど御幸の口近くまで持っていかれた私の指は、御幸の吐息の体温を感じて、ほだされそうになる。

 初めてのキスは去年の御幸の誕生日だった。用意していたプレゼントを渡すと、もう一つだけちょうだいと強請られた。何をと聞くよりも早く、御幸は私の肩を抱き、キスしたいとささやいた。

 あまりに手慣れた様子に、きっと御幸は初めてじゃなんだろうな、なんてぼんやりと思ったことを覚えている。

 そして、私の返事を待たずに、御幸はキスをした。というよりもくちびるを押し付けた。予想よりもぎこちないキスに、キスした後の照れた様子の御幸に、キスをする前よりも胸を焦がされた。手慣れた様子をしてみせた御幸の、男としてのちょっとした矜持を見せられたようで、そんな御幸が愛おしてくたまらなかった。

 キスは好きじゃなきゃできない。好きだからする。そして、した後はもっと好きになるんだと、身をもって知った。

 それから何度もキスをして、ぎこちなさはいつのまにかなくなったけれど、したあとに感じる御幸への愛おしさは増すばかりで、持て余すほどの熱におかしくなりそうな気持ちになることが増えた。もしかしたらそれが、次へのサインなのかもしれないけれど。

 でも、だからって、それをこういう形で強請るのはどうなのよ。

「じゃあ、去年はスポーツタオルだったから、今年はバスタオルで」

 上手くはぐらかしたつもりだった。ただ御幸は一瞬、キョトンとしただけだ。そして、なぜか慌てるように、グーにした手の甲を口元にあてて、私から視線を外した。

 それは照れてる御幸。

 ん? 何で、照れてるの。

「おまえさー、たまに天然だよな」

 んー、と頭をかきながら、御幸は周囲からの死角に入って、私と正面に向き直す。私の顔を見たまま、ゆっくりと私の腰に手を回す。そして私の背中で自分の手のひらを組んだ。キスをしようとするときの御幸のいつもの仕草だ。性急な動きよりもゆっくりと求められるのは大切にされているのがわかって、心のすみまで甘く幸せを感じる。引き寄せられてもいないのに、御幸の体が触れるのは、私が愛おしさのあまり、自分から御幸にくっついていってしまうからだ。

 御幸は大きな体を私の体に合わせるように背中を丸めて、自分の顔を私の首元にうずめるようによせてくる。肌に直接かかる御幸の髪と吐息はくすぐったいけれど、心地よくて好きだ。その頭に自分の頬をすりよせるように近づける。

 本当に御幸が好きで好きで仕方ない。それはもう、ちょっと自分でもおかしいんじゃないのと思うほど。そして御幸も私のことを好きでいてくれると身をもって実感してる。

「葉子」

 御幸の私を呼ぶ声に、御幸の背中に回した手に力をきゅっとこめる。「なぁに」と全身で御幸の声に応える。

「バスタオルともう1個、やっぱ欲しいんだけど」

 その言葉にドキッとする。

 御幸の欲しいもの。去年のキスよりグレードアップしたもの。想像できることは、ひとつしかなくて、戸惑う。私の動揺に気づいたのか、御幸は私の首元でくっくっと笑う。その笑いがくすぐったい以上のものをもたらしてくるから、あわてて、押し戻す。

 御幸は顔を上げて、そんな私に視線を合わせる。ちょっと意地悪な目で楽しそう。こういうところ、ほんと腹がたつ。けど口惜しいかな、そんな御幸も好きだったりするから、恋は盲目なんてほんとによくいったものだと思う。

「そんなビビんなよ。ちょっとしたお願いだし」
「お願い?」

 ふっと一息吐くと、御幸は自分の額を私の額に当てる。そして眼鏡のフレームの上から上目遣いで私を見る。さっきまでの意地悪な目じゃなくて、少し甘えるような目になっている。眼鏡のレンズ越しじゃないせいか、いつもよりもストレートに感情が私に届いた気がした。

「あのさー、いつまでオレのこと御幸なわけ」
「…あっ」

 そっちか、と正直思った。

 だって、御幸は御幸だし。私は「みゆき」って呼ぶのは意外に好きだ。御幸はというと、いつのまにか、さらっと私の名前を呼んでいて、きっかけなんて思いだせもしない。

 私は呼び方を気にしたことはあまりなかったし、御幸も特に何も言わなかった。ただ周りが、付き合ってるのに?な顔をすることがあったくらいで。それは余計なお世話だと思ってたんだけど、御幸は少し気にしていたのだろうか。ちょっぴり拗ねたような言い草に悪いことしたかなって思った。

「イヤだった?」
「いや、別に。でもまぁ、オレのこと一也って呼ぶヤツ、いつのまにかいなくなっててさ。地元帰ればいるんだけど、なんか、葉子に呼んでもらいたくなった」

 やっぱ、特別だしと目を細めた。名前を呼ぶことが特別なのか、呼ばれることが特別なのか、それとも私自身が特別なのか。どの意味でも私にはうれしいことだから。私も御幸と同じように笑みが浮かぶ。

「うん、じゃあ。頑張る」

 一也と心の中で一度呟いてから、声に出さずに何度も「かずや」と口だけ動かした。声に出す気持ちの準備もできてないし、今更だと思うとなんだか気恥ずかしい。それに練習しないと、きっと「みゆき」と勝手にくちびるが動きそう。

 すると、御幸は「はっはっ」と笑うと私の顔をのぞきこむ。

「練習してんの、かわいーんだけど」

 と、キスをする角度でくちびるをよせてきた。そのまま私は目を伏せて御幸のくちびるを受け入れる。くちびるに届く温もりとわずかにかかる重みを感じると、ぐっと御幸の匂いが濃くなって、まるで御幸に溶け込んだかのような錯覚に陥る。

 1年前が嘘のように慣れたくちびるは、何度かついばんでから、舌でなぞりだす。何回キスをしても、舌が触れる瞬間だけは体がびくっと反応してしまう。なぜか体に力が入って、いつもぎゅっと抱きついてしまう。私の反応に満足したのか、さらに深く合わせてから、名残惜しそうに、ゆっくりとくちびるは離れていった。

「か、ずや」

 くちびるが離れて初めての言葉は、愛おしい人の名前。そうしようと決めていたわけではないけれど、自然と口からこぼれた。

 不意打ちだったのか、一也はいつもの照れを隠す仕草もできずに、顔を赤らめた。それを隠すために、珍しく乱暴に勢いよく私の顔を自分の胸にうずめるように引き寄せる。

 あまりない一也の焦る様子にうれしくなって、照れてるの、照れてるの、とからかう。

 最初のキスのときのから、一也は自分の方が余裕があるように見せたいようだった。男としてかっこつけたいんだろうけれど、いつも私の方が翻弄されてばかりだから、ここぞとばかりにからかってみる。一也がくそっと小さく呻いたのが聞こえた。

 こんな機会はなかなかないとばかりに、調子に乗ってからかい続けていると、一也のくちびるが耳元によせられる。くすぐったくて体をよじるけれど、一也の腕が逃げることを許してくれない。

「調子に乗ってるとこ悪ぃけど」

 艶のある一也の声色。くすぐったさを払拭するほどの、艶にドキっとする。一也の男としての矜持みたいな部分のスイッチを入れてしまったみたいだ。

「バスタオルってどこで使うもんかわかってるよな」
「…! りょ、寮でお願いします」
「やだね。葉子と使うって決めた。今決めた。間違いなく決―めたっ」

 最後は少し軽い調子になったから、ほっとする。でも本気になってる一也の声音は私の耳に残ってる。体も心も熱くさせてしまうそうな、その艶を振り払うように虚勢をはる。

「誕生日に3つもプレゼントなんて欲張りすぎ!」

 私のその言葉に一也は「しょうがねぇじゃん」と、にっと笑う。

「オレ、葉子が好きでしかたねぇんだから」

 私に回した腕に少し力を込める。そして、葉子が思う以上にオレはおまえに首ったけなんだぜ、なんて、恥ずかしいセリフをさらりと言ってのけてくれた。こういうときは照れないから、一也ってずるい。

 でも一也はわかってない。本当にしょうがないのは私の方だ。3つ目も用意してあげようなんて。一也の体温と匂いがもっとほしいと思うほど、私の方が彼に首ったけだってこと。



20150118/20141117みゆたん


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