太陽のジェラシー 2話
どれだけ早いんだとあきれてしまう。マナーモードでブルブルと震える携帯の着信画面を見て苦笑する。
「御幸?」
立ち止まったオレを川上がいぶかしげに見た。自主練上がりに風呂に入ろうとしていたところだ。めんどくさいと思いつつも出なければ出ないでもっと面倒なことになりそうな相手なだけに、オレは風呂へ行くのが遅くなるのを覚悟した。川上に目で先に行ってくれと合図をして電話に出た。
「もし…」
「葉子と同じクラスだって?」
オレの言葉をさえぎる早々の問いかけに、マジにどんだけだよと心の中で突っ込んでおく。
今日は入学式だった。春休みに入寮してたけれど、初めて踏み入れる教室はなかなか新鮮で少しばかり心が浮き足立っていた。それでもすでに見知った野球部員もいて、周りを見渡す余裕もあった。そこで思いもかけない顔をみつけたのだ。
地区のシニアでは有名な鳴の応援団の一人、花沢葉子だった。花沢という苗字は後で言葉をかわしたときに初めて知ったけれど、鳴が試合後なんかに「葉子、葉子」と連呼していることが多くあったので、名前は覚えがあった。
鳴の応援団というのは、年上のお姉さんたち4人と花沢を合わせた5人のことだ。今日、花沢に聞いた話では鳴のお姉さん二人と花沢のお姉さん二人らしい。
オレのチームも含め、鳴の対戦相手はいつも鳴の応援団が気になって仕方なかった。何しろみんなかわいいんだ。5人も揃っていればむさ苦しいグラウンドもその一角だけは華やかになる。そして、年上に憧れた風を装って、誰もが一番意識していたのは、紛れもなく同年代の花沢だった。
「あぁ。情報早いな」
「もーさー、ほんとあいつ、バカなんだよね。インフルだよインフル、ありえなくない?」
本当に人の話を聞かないやつだな。どこからの情報も何も花沢からに決まっているし、聞くまでもないけれど、今日の今日だと鳴の行動の早さはあきれるほどだ。それだけ鳴にとって花沢の存在は価値があるということだろう。そんなことを思いながら一方的に話す鳴に適当に相槌を打とうとして、ふと口をついた。
「インフル?」
「インフルエンザ。うちの入試の時に熱出しちゃって、保健室受験だよ。ほんとバカ、バカ」
「あぁ、なるほどね」
稲実と青道の偏差値の差はさほどない。稲実を前期で落ちて青道を後期で受かるっていうのが妙だとは思っていたのだ。だいたい後期の方が難易度が上がるのだから。
「でさ、手出さないでよ」
「何だよ、いきなり」
「一也って女癖悪いんでしょ」
人聞きが悪ぃな。しかも断定かよ。どうやら釘をさすのが目的の電話らしい。そりゃあ、早々に電話をしてくるはずだ。
「はっは。誰情報だよ、それ」
「えー、なんかみんな言ってた。あ、年上専門だっけ?おっぱいでかいの」
「どこのみんなだよ。」
「でかいの嫌いなの?」
そこかよ。っていうか、本当に人の話聞きゃしねぇな。鳴と電話で話すのは忍耐力がかなりいる。
「嫌いとは言わねぇけど…何、鳴ってあの子とできてんの」
「はー?! できてるわけないじゃん」
「じゃあ、なんだよ」
「もうね、家族なんだよね。でもって結婚するから」
なんだ、その思考回路。小学生でも言わないんじゃないかってくらい幼稚な言い分だ。ほんとコイツって野球してなきゃただのガキだよな。
「野球のこと全然知らねーってマジなの」
「知らなくていいんだよ。オレはしたり顔で野球のウンチクたれる女なんて願いさげだから。一也もそうでしょ?」
「まぁな」
ガキかと思えば、意外に一端の男みたない主張をする。もちろんそこはオレも鳴の意見に賛成だ。適当に遊ぶなら野球を知っていて、オレの価値がわかる女が落としやすくていい。けれど本気になるなら野球のことを知らない方が絶対にいい。いちいち口出しされたら堪らないからな。
「だから、ルール覚えさせないでオレの応援だけさせるのけっこう骨だったんだからね。15年かけてきたのに、かっさらわれたらたまんないよ」
15年って生まれたときから野球してたのかよ。鳴の言い草に笑いがこみあげてくる。と同時にそれほど強い想いなのかと興味もわいてくる。
「そういうこと言われると、かっさらいたくなるよな」
「うわっ、鬼畜。イケメンの鬼畜って最悪」
「はっは、冗談だって。そこまでオレは困ってねぇからな」
今のところ、という一言は飲み込んでおいた。その後、お互いの練習のことを少し話して電話を終えた。通話は30分もしていない。監督と鉢合わせしませんようにと念じながら風呂場に向かった。